瑠璃と十五時過ぎに解散して、これからどう過ごそうか考えた。
 数日前までは、どこかアルコールを摂取できる店に行って飲んだくれていたけれど。
 気付かせてくれた湊人と、手を差し伸べてくれた瑠璃のことを思うと、今はもうそんなことをする気分にもなれなかった。
 そろそろまともな生活に戻らなくてはならない。
 私がどんなに独りで辛く暗い世界にいるつもりでいても、現実の時間は待ってはくれないし止まってもくれない。
 世の中からどんどん置いていかれて、アルコールに依存して社会復帰すらできなくなってしまうかもしれない。
 そもそも私の経験したことなんて、きっとこの世界にごまんと転がっているような不幸話なのだ。
  男は浮気する生き物だと言い切る人だっているくらい、よくある話。
 それでもみんな経験者たちはきっと乗り越えて生きている。
  どうにかして普通の日常を取り戻しているのだ。
 湊人の手を借りて生まれ変わったつもりで、少しずつでも前を向かなくてはいけない。

 私の人生のほぼ三分の一をともに過ごしてきた明。
 私の一部になってしまっていた彼に裏切られて捨てられたという事実は、たぶん一生忘れることはできないし、消えない傷として残るだろう。
 いつかこんなこともあったねと笑える日がくるなんて何かの歌詞みたいなことは、きっと起きない。
  それでも思い出したとき、こんな絶望的な気持ちでなく胸の古傷が少し疼くくらいの、苦い思い出に変わってくれていればいいなと思う。
 もちろんすぐに乗り越えられる問題ではないけれど。
  湊人にもらった気持ちの変化を大切にしたい。
  いや、これをきっかけに前を向くべきだ。

 まずは明と別れる前に自分の好きだった生活を取り戻すことから始めよう。
  会社を辞めて時間が有り余っているから、余計に悲しみにどっぷりと浸かっていたのだ。
 時間があるから、毎日、夕方から飲み歩き酒に溺れていた。
 しばらく忘れていた小さな幸せ。
  映画を観ることや読書、おいしいものを食べること。
 あれから趣味を楽しむ余裕もなかった。
 もう少し元気になったら、瑠璃のところで少しお世話になろう。
 でもそれまでは小さな幸せを、自分を取り戻そう。

 私は下北沢から小田急の急行小田原行きに乗り込むと自宅の最寄り駅を通り過ぎて新百合ヶ丘で下車した。
 明はもともと残業や同僚との飲み会で帰宅が遅くなることも多かったので、私は仕事のあと、ひとりでレイトショーの映画を観にくることが好きだった。
 ジャンルの好き嫌いも特にないので、ラブストーリーからアクション、ミステリーとその時々の話題作を見る。
 原作の映像化作品であれば、翌日、本屋で原作小説を買って帰った。
 帰宅して夕飯を作ったあと、明の帰りを待ちながらその本を読む。
 ささやかな趣味の時間。
 改札を出て、帰宅時間にさしかかり通行人の多い駅前を映画館の入っている商業施設のビルに向かって歩き始める。
 久しぶりに映画を観て、本屋に寄って帰ろう。
 ここ数ヶ月、テレビもスマホも大してチェックしていなかったから、流行や話題作はよく分からないけれど。
 映画館のロビーに入って、一番大きくポスターの貼り出されている作品にしよう。
 本も新書のなかに惹かれるタイトルのものがあれば買ってみようかな。
 これまでお酒にばかりお金をかけて自分をすり減らしていた分、今度は自分を取り戻すためのお金を使おうと思った。