天井からぶら下がる駅名の看板には、今まで下車したことのなかった駅名が表示されている。
 漢字の読み方が怪しくアルファベット表記を目でなぞった。
 冷房のきいた車内から出ると、むわっと蒸した空気が私を包んだ。
 日本の夏の不快指数は年々上がっている気がする。
 額に汗がにじんできた。
 湊人はそんな私と反して、涼しげな顔をして歩いていく。
 彼でも汗をかくことがあるのかな? なんて意味のないことを考えながら改札を抜け駅の外に出た。
 見たことのない街の景色。
 近くに大きな丸い建物が見える。
 なにかの競技場か体育館のようなもののようだ。
 街灯の下、湊人は慣れた様子で駅前を左手に歩いていく。

「どこに行くの?」

 思い切って聞いてみると、湊人はなんてことないというような顔で「俺んち」と応えた。

「なんでよ!」

 驚いて思わず大きな声をあげてしまった私を見て、彼は目を細めて言う。

「昨日は自分から迫ってきたくせに、なに驚いてんだよ」

 自分で顔が赤くなるのが分かる。
 こんな若い子に自分から迫って、しかも断られたという事実。
 思い出すと、穴があったら入りたいくらい恥ずかしい。

「そ、それは酔ってたし……」
「へー、酒のせいにするんだ?」

 慌てて言い返したのに、淡々と言われて口ごもる。
 湊人が声を上げて笑った。心底愉快そうにお腹を抱えている。

「結衣って、おもしれぇな。本当に年上ってかんじしねぇ」

 絶対、からかわれてる。
 年上ってかんじがしないって、自分だって年上に対する態度じゃないじゃない。
 そんな私の憤りをよそに湊人は気にもとめていない様子で、また歩き出す。
 納得がいかずに彼の背中を睨んでいると、パタタッと音がしてアスファルトが濡れる匂いがした。
 大粒の雨のしずくが、私の鼻先に当たる。
 あ、と思った時には雨足が強くなり、一気に本降りになった。
 頭や肩がどんどん濡れていく。冷たい。

「急ぐぞ」

 湊人はそう言うと、私の腕を掴んで走り出した。
 彼のTシャツも肩のあたりから濡れて色が変わっている。
 私は片腕で顔をかばいながら走った。
 二人の靴が地面の雨水をバシャバシャと蹴り上げる。
 湊人のハイカットのコンバースが水を吸って重たそうだ。
 走るのなんて、いつぶりだろう。すぐに息があがって苦しい。
 湊人はそんな私を振り返ると、少しだけ走るスピードを落とした。
 やっぱりなんだかんだ優しい。