時間まで駅ナカのカフェで時間をつぶして、二十時より前に指定された住所に向かった。
アルコールを摂取していない夜なんて二ヶ月ぶりだ。
新宿はたくさんの人が行き交っている。
頭上にはほとんど星も見えず、暗いのに明るい都会の空。
東南口からパチンコ屋やゲームセンター、いくつかの飲食店の入るビルを通り過ぎて立ち止まった。
なにかの企業の事務所や美容院の入るテナントビル。
そのビルの前に湊人がいた。
隣には彼と同い年くらいの女の子が二人立っている。
カジュアルな服装の黒髪の子と、色白でひらひらしたワンピースの細身の女の子。
二人とも良い香りのしそうな美人で、何事かしきりに湊人に話しかけている。
それに対して湊人もにこやかに応じていて、私はどうしていいか分からなくなった。
私のことを痛い中年女がいるからと笑いものにするつもりで呼び出したのかもしれないなどという、被害妄想じみた考えが頭の中に湧き出してきて、次の一歩が踏み出せなかった。
途端に彼の言うとおりにここまで来てしまった自分がとんでもなく恥ずかしく感じる。
いっそこのまま回れ右して帰ってしまおうか。
逡巡していると、湊人と目があった。
――見つかっちゃった。
湊人がこっちに向かって手を振る。
「おーい! こっちこっち」
女の子たちが怪訝そうな顔をして私を見ている。
私も彼女たちに負けないくらい怪訝な顔をしているに違いない。
私は一気に気が重くなって、返事をせずに逃げ出してしまいたい衝動に駆られた。
それでもここにきて今更そんなことをするわけにもいかない気がして、のろのろと三人に近付いていく。
一歩一歩が鉛のように重い。
彼らの前に立つと、女の子たちは二人して私を頭のてっぺんから足の先まで視線を走らせると顔を見合わせた。
湊人は今朝までの話し方とはまるで別人のように朗らかな声で言う。
「おつかれさま。迎えにきてもらっちゃって、ごめんね」
優しげかつ、爽やかに笑う湊人に、私は面食らった。
――誰、これ。
本当に同じ人物なのだろうか。
色白の女の子が苦笑いしながら湊人を見上げて首を傾げた。
いかにも女子というかんじの可愛らしい声で訊く。
「湊人くんのお姉さん?」
私が違いますと言おうとした瞬間、湊人が「彼女ですよ」と満面の笑みで即答した。
女の子ふたりが強張った笑顔で目配せし合っている。
なにがなにやら分からない。
昨日から分からないことだらけだったのに、また分からないことが増えた。
私がなんと言っていいのか固まっていると、湊人が私の肩を掴んで、顔を覗き込んでくる。
私を見つめる茶色くて綺麗な目。
「どうした? 具合でも悪い?」
頭の中に色々な思考が飛び交う。
女の子たちが不信感たっぷりの視線を向けてくる。
なにか理由があるのかもしれないし、ここは話を合わせるべきか……。
湊人の嘘みたいな笑みを見ながら、私はおそるおそる言った。
これが正解かは、分からないけれど。
「ううん、大丈夫」
私の心配をよそに、湊人は優しげに目を細めた。
「よかった」
そして二人に軽く頭を下げた。
「これから一緒に帰る約束してるので、今日はこれで失礼します。また店でお待ちしてますね」
彼女たちの目は、私を穴が空くほど見つめている。
色白の子が引きつった顔で言った。
「冗談だよね? こんなおばさん、本当に彼女のわけないよね?」
おばさん。
分かってはいるけれど、直に言われるとなかなかにショックだ。
彼女たちは確かに若い。
身に着けているオフショルダーのトップスや、ミニスカートから覗く肌がその証拠だ。
私はもうこんな風に肌を露出することはできない。
ゆるっとしたブラウスにワイドパンツの自分が悲しかった。
それでも君たちだって、必ずいつかはそのおばさんになるのに、平気で他人にそんなこと言えちゃうんだもんなぁ。
若さゆえの無敵感が眩しくすらある。
この場所にいる自分がいたたまれないような気持ちになって下を向いていると、湊人が私の手を取った。
はっと驚いて彼を見上げる。
目と目が合って、湊人が笑った。
「おばさんじゃないよ」
優しげな瞳に見つめられて、そっと囁かれた。
鼓動が一瞬、大きくなる。
「でも……」
なにか言いかけた女の子たちを遮って、湊人は続ける。
「嘘なんてつかないですよ。彼女に失礼なことは言わないでください」
それじゃぁまた、と清涼感たっぷりな笑顔で会釈して、私の手を握ったまま駅の方にむかって歩き出す。
どうして。聞きたいことはいっぱいあるのに、何から聞いていいのかも分からない。
耳から顔が一気に火照って、しばらく湊人の顔をまともに見ることができなくなってしまった。
いい歳して、本当に恥ずかしい。
アルコールを摂取していない夜なんて二ヶ月ぶりだ。
新宿はたくさんの人が行き交っている。
頭上にはほとんど星も見えず、暗いのに明るい都会の空。
東南口からパチンコ屋やゲームセンター、いくつかの飲食店の入るビルを通り過ぎて立ち止まった。
なにかの企業の事務所や美容院の入るテナントビル。
そのビルの前に湊人がいた。
隣には彼と同い年くらいの女の子が二人立っている。
カジュアルな服装の黒髪の子と、色白でひらひらしたワンピースの細身の女の子。
二人とも良い香りのしそうな美人で、何事かしきりに湊人に話しかけている。
それに対して湊人もにこやかに応じていて、私はどうしていいか分からなくなった。
私のことを痛い中年女がいるからと笑いものにするつもりで呼び出したのかもしれないなどという、被害妄想じみた考えが頭の中に湧き出してきて、次の一歩が踏み出せなかった。
途端に彼の言うとおりにここまで来てしまった自分がとんでもなく恥ずかしく感じる。
いっそこのまま回れ右して帰ってしまおうか。
逡巡していると、湊人と目があった。
――見つかっちゃった。
湊人がこっちに向かって手を振る。
「おーい! こっちこっち」
女の子たちが怪訝そうな顔をして私を見ている。
私も彼女たちに負けないくらい怪訝な顔をしているに違いない。
私は一気に気が重くなって、返事をせずに逃げ出してしまいたい衝動に駆られた。
それでもここにきて今更そんなことをするわけにもいかない気がして、のろのろと三人に近付いていく。
一歩一歩が鉛のように重い。
彼らの前に立つと、女の子たちは二人して私を頭のてっぺんから足の先まで視線を走らせると顔を見合わせた。
湊人は今朝までの話し方とはまるで別人のように朗らかな声で言う。
「おつかれさま。迎えにきてもらっちゃって、ごめんね」
優しげかつ、爽やかに笑う湊人に、私は面食らった。
――誰、これ。
本当に同じ人物なのだろうか。
色白の女の子が苦笑いしながら湊人を見上げて首を傾げた。
いかにも女子というかんじの可愛らしい声で訊く。
「湊人くんのお姉さん?」
私が違いますと言おうとした瞬間、湊人が「彼女ですよ」と満面の笑みで即答した。
女の子ふたりが強張った笑顔で目配せし合っている。
なにがなにやら分からない。
昨日から分からないことだらけだったのに、また分からないことが増えた。
私がなんと言っていいのか固まっていると、湊人が私の肩を掴んで、顔を覗き込んでくる。
私を見つめる茶色くて綺麗な目。
「どうした? 具合でも悪い?」
頭の中に色々な思考が飛び交う。
女の子たちが不信感たっぷりの視線を向けてくる。
なにか理由があるのかもしれないし、ここは話を合わせるべきか……。
湊人の嘘みたいな笑みを見ながら、私はおそるおそる言った。
これが正解かは、分からないけれど。
「ううん、大丈夫」
私の心配をよそに、湊人は優しげに目を細めた。
「よかった」
そして二人に軽く頭を下げた。
「これから一緒に帰る約束してるので、今日はこれで失礼します。また店でお待ちしてますね」
彼女たちの目は、私を穴が空くほど見つめている。
色白の子が引きつった顔で言った。
「冗談だよね? こんなおばさん、本当に彼女のわけないよね?」
おばさん。
分かってはいるけれど、直に言われるとなかなかにショックだ。
彼女たちは確かに若い。
身に着けているオフショルダーのトップスや、ミニスカートから覗く肌がその証拠だ。
私はもうこんな風に肌を露出することはできない。
ゆるっとしたブラウスにワイドパンツの自分が悲しかった。
それでも君たちだって、必ずいつかはそのおばさんになるのに、平気で他人にそんなこと言えちゃうんだもんなぁ。
若さゆえの無敵感が眩しくすらある。
この場所にいる自分がいたたまれないような気持ちになって下を向いていると、湊人が私の手を取った。
はっと驚いて彼を見上げる。
目と目が合って、湊人が笑った。
「おばさんじゃないよ」
優しげな瞳に見つめられて、そっと囁かれた。
鼓動が一瞬、大きくなる。
「でも……」
なにか言いかけた女の子たちを遮って、湊人は続ける。
「嘘なんてつかないですよ。彼女に失礼なことは言わないでください」
それじゃぁまた、と清涼感たっぷりな笑顔で会釈して、私の手を握ったまま駅の方にむかって歩き出す。
どうして。聞きたいことはいっぱいあるのに、何から聞いていいのかも分からない。
耳から顔が一気に火照って、しばらく湊人の顔をまともに見ることができなくなってしまった。
いい歳して、本当に恥ずかしい。