お茶会の場へと戻ると、仲の良い侯爵令嬢、カミーユが焦った様子で近づいて来た。

「ファシーどこに行っていたの? あのね、言いにくいのだけど……ルーファス様がアデル王女の傍にいて……その」

 カミーユの言いたいことはわかる。
 二人が惹かれ合っていることは、もう周知の事実だ。

 王家に古くから仕える忠実な騎士の一家に生まれたルーファスは、騎士ではなく文官の道へと進まれた。
 それは私が原因でもあった。

 髪や瞳の色彩から冷たい印象を受けるが、整った顔立ちも人気らしく、何処へ行っても注目の的。
 そのせいか周囲の令嬢達は、私を遠巻きに見ながらコソコソと何かを言い合っている。どうせ、婚約者に捨てられる可哀想な女だと噂しているのだろう。

「わかっているわ。教えてくれてありがとう。私は大丈夫だから気にしないで」
「ファシー。一度、ルーファス様と話し合った方が良いわ。このお茶会に来ることも聞いていなかったのでしょう? 婚約者としては……問題よ」

 カミーユの言う通り、私は今日ルーファス様が来るとは聞いていなかった。仕事が忙しく来ることは出来ないと言われていたからだ。

 でも、ル―ファス様が来ることはわかっていた。
 なぜなら、夢見で見たからだ。

 私には二人の兄様しか知らない秘密がある。
 ――それは未来を夢見ること。
 毎日ではないが、夢でみたことが現実となるのだ。
 初めて夢を見たのは七歳の時、ルーファス様と婚約する夢だった。

 大喜びして興奮する私を、兄様二人は「所詮は夢」「願望」だと笑ったが、その夜、父様が婚約者になったと教えてくれた。
 偶然だと笑う兄様達が信じるようになったのは、三回連続で当てた時。

 母様の病気。
 領地の災害。
 父様の愛人と母様の死。

 全てが現実になった。
 そして兄様達は、力のことを他人に言ってはいけないと、私を諭すようになった。
 兄様達からしたら、無邪気な子供である私が、何も考えないで伝えてくる言葉が恐ろしかったのだろう。
 いつ自分のことを言われるのかと。
 それからは、兄様達とは家族として普通に接しているはずが距離を感じた。

 どうも私は嫌われたと気づいたのは、十歳の時。
 その頃になると、私は夢の内容を誰にも話さず、家族に災難が降りかかりそうな時は、先回りしてそれを回避するようになった。

 勿論こっそりと。
 そして、今まさにまた実行しようとしている。

 衝撃的な夢を見たのは私が十二歳の時。

 騎士服の正装に身を包んだルーファス様と白いドレスを身につけた私が笑っている場面。
 幸せに満ちているその場で、ルーファス様が殺される夢を見た。

 私が騎士より文官が良いと言い続けたのはこのためだ。騎士にならなければ、未来が変わるかも知れないと思ったから。
 ルーファス様が文官の道に進むと、しばらく夢は見なかった。だが悪夢は突如現れる。

 次に見たのは一カ月前。
 場所は、このお茶会。内容は、アデル王女が川に落ちて死んでしまう夢。
 それを阻止するために私は来た。

 ルーファス様の愛した女性を助けようと。家族からも距離を置かれている私が死んでも誰も悲しまないから。

「――ファシーユ」

 心配してくれるカミーユと話していると、名前を呼ばれた。
 それは聞き間違えることのない一生、大好きな人。

「ルーファス様。どうかなされましたか?」

 何でもないように振り返る。
 首を少し傾げたあと、にこやかに挨拶をした。
 ルーファス様を見上げると、やっぱり、いつも通りの固い表情をしている。
 それが白銀の髪と相まって冷たい印象を周囲に与えた。確かにかっこいいが、どちらかと言えば中性的で綺麗な顔立ちをしている。

 私が微笑むとルーファス様の眉間の皺が増えた。

 やっぱり、アデル王女の時と全然違う。こんなに嫌われているとは思わなかったから泣きそうだ。婚約破棄ならお茶会が終わってからにして欲しい。だって、周りが興味津々で見ているから。

「話がある。……こっちへ。カミーユ嬢、失礼する」

 珍しく私の手を取って強引に連れだした。
 カミーユを見ると心配そうに私を見ている。

 やって来たのは、さっきまでアデル王女と逢引きしていた大きな木の下。

 ……まさか、ここで婚約破棄の話を? どうしよう。婚約破棄を突き付けられるとわかっていても泣いてしまいそうだ。

 繋いでいた手を離される。

「あ、あの、ルーファス様。お話とは?」

 緊張する手を握り締め、木の下で向かい合い覚悟を決めた。

「……何かあったのか? いつもと様子が違ったから気になって」

「……えっ?」

 驚きすぎて、今の私の顔はおそらく凄く間抜けだろう。
 それくらい衝撃だった。
 ルーファス様に心配されたのは、風邪を引いて寝込んだ時だけ。

「いつもは、すぐに俺の傍に来るのに来なかったから……」

 普段の行動を思い浮かべた。
 確かにル―ファス様を見つけると、夜会はもちろん王宮で姿を見かける度に、無邪気に私は近づいて行った。
 まるで忠実な犬のように。

「あ、あの……アデル王女と楽しそうにお話ししているようでしたので、ご遠慮致しましたの」

 無理やり笑えば、ルーファス様は渋い顔で私を見つめていた。

「アデル様は茶会の主催者として重要なお立ち場だから、何か不備はないか話していただけだ。他に理由はない」

「そ、そうでございますか」

 それしか言えなかった。

 日頃から私達は会話が少なく話が続かない。
 頭の中で悶々と考える。なのに何も言えなかった。

 どうしてアデル王女と抱き合っていたのか。お茶会に来ることを教えてくれなかったのか。婚約破棄を言い渡すのに、こんなに引き延ばすのか。
 どうせなら、清々しくさっさと言って欲しかった。あとで誰もない場所で、大声を上げて泣くために。

「ファシーユ。これを……。実は前もって渡すはずだったが仕上がりが遅れてしまって。今、着ているドレスにも似合うと思う」

「えっ……?」

 またしても婚約破棄ではなかった。
 しかも、差し出されたのは髪飾り。
 白銀で出来た髪飾りは、翡翠とアメジストの宝石が付いている。それはルーファス様の髪と瞳の色。

「綺麗」

 思わず受け取ると、その繊細に彫ってある文様に目がいく。オリーブの図柄は、ブラックリー侯爵家の家紋の一部。
 それに気が付くと自然に笑みが零れた。

「貸して」

 ルーファス様は私の髪に髪飾りを付けた。

「――良かった。とても良く似合うよ」

 珍しく嬉しそうなルーファス様を見ると、私も嬉しくなる。
 黒い髪に、瞳だけは珍しいアメジストの色彩は暗い印象を周囲に与えた。

 正直、アデル王女みたいな蜂蜜色の髪や、栗色だったならと羨んだこともあったが、伯爵家は皆がこの色彩。
 どうにもならないと、今はもう気にしないようにしている。

「ありがとうございます。あ、ここに鏡がないのが残念だわ」

 本当に私の心はルーファス様の一言で色鮮やかになる。そして、もう少しこのままでいられるかもと、いらぬ期待を持ってしまう。

「なら、早く戻って鏡を見よう。それに、昨日、雨が降ったせいで川の水嵩が増しているから危険だ。戻ろう」

 ルーファス様が言うように、すぐ傍にある大きな川の水量は高く、水は濁って綺麗とは言い難い。

 少し照れたような顔で私を促す。すると第三者の声が聞こえた。


「――ルーファス様?」

 可愛らしい声で姿を現したのはアデル王女で、その姿を見た瞬間、私の気持ちは萎んだ。