ガラッと稲田商店の引き戸を開けると、先生がレジカウンターにいた。

「おー三浦じゃん」

先生はパイプ椅子に座りながら新聞を読んでいて、どうやら店番を任せられているようだ。

「親父が町内会でいないんだよ。あ、言っとくけど金はもらってねーから副業じゃないぞ」

「べつに疑ってないし、副業してても驚かないよ」

「え、俺ってそんなに適当に見えてんの?」

先生はまだ若いってこともあるけれど、いい意味で教師らしくない。とくにこうして学校外で会うと俺にとっては親しみやすい兄貴のような存在だ。

俺は頼まれた卵をカゴに入れて、ついでにシャーペンの芯も買った。

「ご贔屓(ひいき)にどうも。柿ジュースでも飲んでく?」

「うん」

先生はレジ横に置かれた小型冷蔵庫から冷えた缶を出してくれた。この町では麦茶の次くらいに好まれている飲み物だ。

缶に口を付けると、ドロッとした液体が舌に広がる。味は甘くて、柿というよりマンゴーに近い。

「お前、いつまでみんなに隠しとくの?」

先生の質問に、わかりやすく視線を落とした。

「肺、このまま放っておいていいもんじゃねーんだろ」

先生は俺の病気を知っている。学校でなにかあるかもしれないからと、診断書とともに母さんが詳しく説明済みだ。

「でも手術しても成功率は半分もないよ」

呼吸機能が回復しなければ俺に明日はない。でも手術をしなければもう少し明日を迎えられる。そう考えると、手術をしないことが最善の選択なのではないかと思う。

「俺なんてタバコも酒もやるっていうのに、なんでなにもやらない三浦が肺の病気になんてかかるんだろうな……」

「誰かに呼ばれてるのかも」

「誰に?」

「さあ」

曖昧に答えたあと、稲田商店を後にした。