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 二十五年間の人生で、誰かに頬をぶたれたのは初めての経験だった。

 ヒリヒリと痛む右頬をハンカチで押さえながら、自宅までの道のりをとぼとぼと歩く。

 金曜日。
 時刻は二十一時を過ぎた頃。

 茅野(かやの)めぐみ、二十五歳。

 たった今、付き合って一年の彼氏に別れを告げられた。

 どうやら彼氏には私よりも交際期間の長い本命の彼女がいて、それを知らずに付き合っていた私はどうやら浮気相手だったらしい。

 彼氏のアパートで本命彼女と鉢合わせしてしまい『あんたサイテー』と右頬を思いっきりぶたれた。

 え、私が悪いの?

 何も知らなかった私だって被害者のはずなのに。最低なのは二股をかけていた彼氏のはずなのに。どうやら本命彼女の怒りの矛先は私だけに向かったようだ。

 ああ、それにしても頬が痛い。けっこう強くぶたれたからなぁ。親父にもぶたれたことないのに……と、某アニメの有名なセリフを心の中で呟いてみる。そんな余裕ないはずなのに。

 少しは腫れが引いたかな。そう思い、頬に当てているハンカチをそっと取ってから鏡で確認してみる。

 ダメだ。まだかなり腫れている。痛い。

 あの女、どんだけ強い力で私の頬をぶってくれたんだ。