「三組の、高尾が死んだらしい」
そんなビックニュースをもちこんできたのはクラスの中では、目立つ男子の一人である宮崎(みやざき)が今朝、教室に飛び込んできて放った第一声だった。
(高尾って誰だっけ)
私は、そんなことを考えながら、荷物の整理をしているところだった。
「高尾って、誰だっけ?」
「ほら、地味で大人しめの高尾圭介だよ」
私と、全く同じようなことを考えていたらしい笹原(ささはら)の質問に、宮崎は即座に答えた。
「あぁ、あの眼鏡の」
眼鏡の、地味で大人しい男。
そう聞いて、ピンと来たのは笹原だけではなく、私もだった。
昨日の朝も、廊下ですれ違ったあの人。
彼の名前が高尾だという点に何故かしっくりときた。
そういえば、前に見かけた時に高尾、と呼ばれていたような気がする。
何故か、毎朝廊下ですれ違う彼の名前を私は、今日この時まで全く持って知らなかった。と言うよりか、多分興味がなかったのだと思う。
何故って、私は彼と同じクラスになったことは一度もないし、彼のクラスと私のクラスは三つのクラスを挟んでいたのだから。
「それで、どうして死んだんだ?」
笹原は思い出したように問うた。
「なんでも、轢かれかけた猫を庇って死んだらしい」
「猫を?そんなことするようなやつだったんだな、高尾って」
「なんか、意外だよな」
三組の高尾が死んだ。猫を助けて死んだ。そんな話は、一日のうちに全クラスを駆け巡った。
「で?その猫はどうなったんだ?」
「さあな。逃げたんじゃね」
私の知っている高尾圭介は、毎朝廊下ですれ違う。それだけの人だ。
私の人生には、高尾圭介という人間が深く関わってくることもないし、これからもそれ以上の関わりを持つことも無い。
だって、彼は死んでしまったのだから。
ただ、私のよく知らない高尾圭介は、猫を助けるために自分の命を引き換えにするようなやつで、ただの地味な男ではなかったということだ。