そうだ。確かにそう言っていた。だけど。

「人間じゃないっていうのは気づいてたけど……まさか、廉冶さんは、本当に神様なの?」
「当然だろ。なんだ、知らないで俺の嫁になるって言ってたのか」


 私が混乱していると、タッタッタッと遠くから、小さな足音が近づいて来る。


「おとうさーん」

 そう叫びながら走ってきたのは、灰色と白い毛の混じったかわいらしい子猫だった。

 え? ということは今、この子猫が喋った?
 子猫はくるりと宙にかえって、何と人間の男の子に姿を変えた。

 私は呆然とした顔で男の子を見つめる。

 彼は、この家に廉冶さんしかいないと思っていたのだろう。警戒したように廉冶さんの後ろに隠れ、私を睨みつける。


「お父さん、誰、この人……」

 男の子は真ん丸の大きな瞳に、ふっくらしたほっぺをしていた。
 天使が人間の世界にいたら、きっとこういう外見をしているだろうし、羽がないのが不自然なくらいだ。 

 なんてかわいい子だろう。

 男の子には羽が生えていないかわりに、猫の耳と尻尾が生えていた。

 廉冶さんはにこりと笑い、男の子の頭を優しく撫でる。
 いいなぁ、私もこの子の頭を撫でたいなぁ、と一瞬ほんわかした気持ちになったが。


 いや、待って、今この男の子、廉冶さんのことをお父さんって言った!?


「こいつはマオ。俺の息子だ」

「息子!?」

「そうだ。俺の嫁になるなら、弥生はマオの母親になるけど、それでもいいか?」

「え、えっと……」


 あまりにも情報量が多すぎて、処理が追いつかない。

 お父さんってことは、廉冶さんはこの子の親ってことだよね。
 え、誰の子? 私と結婚するんじゃないの? 

 じゃあ母親はどこに行ったの? 今、私がこの子の母親になるって言った? 

 そもそもこの子は猫から人間になったよね。
 ということは人間じゃなくて、きっと猫のあやかしで……。


 ぐるぐる考えていると、マオ君はぴしゃりと言った。


「僕は嫌です!」

「えっ」

「僕はこの人がお母さんになるの、嫌です!」

「えっ!」

 それを聞いた廉冶さんがおかしそうに笑って、またごしごしとマオ君の頭を撫でた。


「そうか、嫌か。まぁ突然は無理だよな。とにかく、一緒に暮らしてみようぜ。一緒に暮らしているうちに、分かることも多いだろ」


 というわけで、私もまだまだ混乱しているんだけど。
 ある日突然、神様と結婚することになって、母親になってしまいました。