島の細い坂道を上っていくと、見晴らしのいい場所に、石造りの鳥居がある。
 その鳥居をくぐり抜けると、小さな神社がある。

 家のすぐ近くにある場所だけれど、意識して来ようと思わないと、なかなか来る機会がない。
 周囲には緑が生い茂っているせいか、他の場所より涼しく感じた。

 マオ君は何か感じ取るものがあったのか、目を細め、じっと本殿を見つめる。
 さわさわと通る涼やかな風が、木の枝を揺らした。

「ここは……お父さんのお家ですね?」

 それを聞いた廉冶さんは、優しくマオ君の頭を撫でた。

「あぁ、そうだ。お父さんが、一番最初にこの島で住み処とした場所。それに、ここで弥生と初めて会ったんだ」

 私は遠い夏の日を思い出す。
 この神社の木の陰で、子供の廉冶さんはうずくまって泣いていた。 

「子供の時のお父さんは、どんな感じでしたか?」

 私は小さく微笑んで言った。

「そうだなぁ、多分泣き虫だったんじゃないかな?」

「本当ですか!?」

「うん。きっと今のマオ君より、ずっと泣き虫だったよ」

 そう告げると、廉冶さんは恥ずかしそうに眉を寄せる。

「はぁ? 俺は今まで一度も泣いたことなんかないぞ」

 まるで子供みたいなことを言うので、マオ君と二人でクスクスと笑ってしまった。


 家に戻ると、私は台所で夕食の準備をすることにした。

「今日は廉冶さんの好きな料理を作ろうかな」

 そう話すと、廉冶さんはくすぐったそうに微笑んだ。

「へぇ、誕生日でもないのにどうした?」

「何となく。この前マオ君の好きなオムライスは作ったし」

 マオ君は私の隣でぴょんぴょん跳ねる。

「オムライスは毎日食べてもおいしいので、また作ってくださいね」

「了解です」

 廉冶さんはそうだなぁ、と考えてから微笑む。

「弥生の作るもんなら何でも好きだけど。鰆の煮付けがうまかったから、また食べたいな」

「じゃあ、そうしよう。ちょうど、近所の漁師さんに貰ったお魚が何種類かあるんだ」

「近所の漁師って、裏のじいさんか?」

「そうそう。昨日の夕方、荷物が多くて大変そうだったから、家まで一緒に運ぶお手伝いをしたんだ。そうしたら、お礼に新鮮なお魚をくれたの」

「この島らしい話だな」

 私は確かにそうだと思いながら、煮付けを作った。
 この島では、困っている人がいたら誰かが自然と手を差し伸べてくれる。
 あたたかくて、居心地がいい。

「ご飯できましたよー」

 そう声をかけると、すぐに二人は席に座った。

「お魚おいしそうです!」

「骨に気を付けろよ」

 私と廉冶さんとマオ君と、三人で食事を囲みながら、ふと、こうやっているとまるで家族みたいだなと思った。
 自分の作った料理を喜んで食べてくれる人がいるのは、とても嬉しい。
 これからもずっと二人と一緒にいられたらいいな、と考える。

 ご飯を食べ終わり、マオ君はお風呂に入ってから、布団の上でごろりと横になる。

 マオ君は最近一人で眠るのをさみしがるので、彼が眠りにつくまで、私と廉冶さんはマオ君を見守っていた。
 うとうとしているマオ君は、眠そうな口調でぽそりと言った。
 握った手から伝わる体温が、いつもより温かい。

「弥生……ずっと側にいてくださいね?」

「もちろん。マオ君が眠るまで、側にいるよ」

マオ君はうつらうつらとしながら否定した。

「そうじゃないです……
弥生は、いつ僕の本当のお母さんになりますか?」

「えっ!」

 突然の言葉に、私も廉冶さんもびくっとしてしまう。
 マオ君は眠りそうになりながら、ふにゃふにゃと続ける。

「弥生と初めて会った時。僕、弥生がお母さんになるの、嫌だって言ったけど。
今は、弥生がいいです。弥生じゃないと、嫌です。だから……」

 そう呟きながら、マオ君はすーすーと幸せそうな顔で眠ってしまった。