普通の猫より、二回りくらい身体が大きい猫――いや、猫又がいる。
尻尾の先は、二股に別れていた。
あれが、マオ君のお母さんなんだ。
余裕に満ちた猫又の表情からは、得も言えぬ風格のようなものが漂っている。
廉冶さんはマオ君に向かって言った。
「マオのことが心配で、会いに来てくれたんだな」
マオ君は我慢できなくなった様子で、大きな声で叫んだ。
「お母さんっ!」
その声が聞こえたと返事をするように、猫又はゆっくり、ゆっくりと、こちらに歩いてきて、やがてマオ君の目の前に腰を下ろした。
「ほら、言いたいことを言っとけ」
廉冶さんに促され、マオ君は猫又の正面に立ち、しゃんと背筋を伸ばした。
しかし、突然のことで何を話せばいいのか分からないのだろう。
頬は嬉しさと緊張のせいか、赤く染まっている。
「えっと、えっと……」
「マオ君が頑張っていることとか、お母さんに知って欲しいこととか、伝えればいいんじゃないかな?」
それを聞いたマオ君は、こくこくと頷いて口を開いた。
「あの……お母さん、僕、頑張ってますよ! 僕、毎日幼稚園に行ってます。今は、夏休みだけど……」
猫又は、嬉しそうに目を細める。
「お友達もたくさんできました! 折り紙を折ったり、滑り台で遊んだり……とっても楽しいです! 悠人君は一番仲良しで、お隣の家で、いつも一緒に遊んでいます。
えっと、それに、お手伝いもしてます! ご飯を作ったり、お風呂もゴシゴシ掃除してます!
お母さんにも……見て欲しかったな……」
満面の笑みを浮かべていたマオ君の瞳に、透明な涙が浮かぶ。
それでもマオ君はゴシゴシと目蓋を擦り、笑いながら言った。
「……だから、だからお母さん。
僕にはお父さんと弥生がいるから、大丈夫です。心配しないでくださいね」
それを聞き届けたというように、猫又はにゃあと鳴いた。
マオ君は最後に一度、ぎゅっと猫又の身体を抱きしめた。
彼が手を離すと、猫又はまたゆっくりゆっくりと、煙の方へ向かって歩いて行く。
マオ君は、その後ろ姿が見えなくなるまで、大きく手を振り続けていた。
「さよなら、お母さん! 元気でいてくださいね!」
廉冶さんはマオ君を抱き上げ、わしわしと頭を撫でて、優しい声で言った。
「頑張ったな、マオ。……大丈夫だ、お別れじゃないよ。また会える」
「はい」
廉冶さんの穏やかな声が、私の心にも染みこんでいく。
「死は悲しいけれど、マオのお母さんも、シロも、向こうの世界でマオのことを見守ってくれてる。
いつかマオが向こうに行く時に、知ってる人がいると思うと、死は恐ろしいものじゃないだろう? だから、見送ってあげよう」
マオ君はその言葉をかみ締めるように頷いた。
「はいっ!」
私たちは煙の中に消えて行った魂に思いを馳せながら、揺らめく炎を見つめた。
海沿いに燃え続ける美しい炎の道を、いつまでもいつまでも、三人で眺めていた。