私たち三人は、すっかり歩き慣れた道を辿った。

 昇り立ての朝陽が、島を眩しく照らしていた。太陽の日差しをキラキラと反射している海は、見ているだけで心が洗われるほどに美しい。

 マオ君が静子さんの家に入ると、シロさんはいつものように、縁側で丸くなっていた。

「先生! おはようございます。僕、今日は先生に大切なお話があるんです!」

 私と廉冶さんは、マオ君の後ろから彼らの様子を見守る。

 シロさんは、穏やかな顔つきで目を閉じている。
 いつもはマオ君が来れば、薄く目を開いて、マオ君のことを確認するけれど、今日はなかなか起きる様子はない。

「先生、僕、お父さんとお話したんです。ごめんなさい、今は眠いですか」

 マオ君は、何度もシロさんに声をかけ続ける。
 ……だが、やはりシロさんが目を覚ます様子はない。

 わくわくした表情で話していたマオ君から、ふっと笑顔が消えた。
 マオ君は不安そうに眉を寄せ、そっとシロさんの身体に触れた。

「……先生?」

 私と廉冶さんも、すぐに異変に気がついた。

「……マオ」

 廉冶さんが声をかけるが、マオ君は必死にシロさんに呼びかける。

「先生! 起きてください! 僕、迎えに来たんです!」


 シロさんは、それでも決して目を覚まさなかった。

 ――穏やかな表情で、安らかに、眠るように。
 シロさんは、息を引き取っていた。

「先生!? どうしてですか……!?」

 本当に、ただ眠っているようだった。
 けれど、なぜだろう。

 私と廉冶さんには、それでももうシロさんの心臓が動いていないことが、確かに感じ取れた。

 きっとマオ君も同じだったのだろう。
 けれど彼は自分がシロさんに声をかけ続ければ、すべてがなかったことになるかのように。
 マオ君は諦めずに、何度も何度もシロさんに呼びかける。

「先生、起きてくださいっ……! せんせぇ……!」

 悲痛な叫び声が響き、私は自分の瞳に涙が滲んでいることに気が付いた。 

「マオ」

 廉冶さんが彼を止めようとするが、マオ君は意地になったようにそれを振り切り、私に向かって叫んだ。 

「そうだ……弥生、どうかシロ先生を助けてください!」

「マオ君……」

 マオ君の大きな瞳に、涙の膜が張る。

「弥生は、ケガを治すことができますよね!? 僕のケガを治してくれましたよね!? 
猫のケガも、治せますよね!? だからシロ先生も、助けられますよね!?」

「マオ君……」

 マオ君は私の足にしがみついた。

「お願いです、弥生、先生を助けてください!」

 私はぎゅっと目をつぶり、首を横に振る。

「ごめんねマオ君、できないの」

 すっと息を吸って、それから震える声で言う。

「私は死んでしまった命を蘇らせることは、できないの……」

 それを聞いたマオ君は一瞬表情をなくし、それから大声で泣き叫んだ。

「うわああああああああ」

 私はマオ君をぎゅっと抱きしめた。

 自分の瞳からも、ぽろぽろと涙が流れ落ちる。


 廉冶さんは落ち着いた声でマオ君を諭す。
 まるで最初から、こうなると分かっているように。

「マオ。シロに、さよならしよう」

「嫌ですっ! さよならなんてしません!」

「見送ってやれ」

「嫌です! さよならなんてしません! 先生とずっと一緒にいます!」