「先生! どこにいますか!?」

 マオ君は静子さんの家に到着すると、いつものように縁側に上がって身を乗り出した。
 古い家は、強風に煽られてガタガタと揺れていた。縁側は開きっぱなしで、雨が家の中まで吹き込んでいる。

「先生、大丈夫ですかー?」

 私たちも一緒にシロさんの姿を探すけれど、近くには見当たらない。

「奥にいるのかな?」

 マオ君は声を張り上げて叫んだ。

「せんせーい! どこにいますか? 大丈夫ですかー?」

 廉冶さんは私たちに向かって言った。

「きっと沖田さんの家にいる」

 私たちが騒いでいる声が聞こえたのか、タイミングよく隣の家の扉がガラガラと開いた。

「あんたら、こんな天気なのに来とったのか!」

 マオ君は沖田さんに駆け寄って、必死に訊ねた。

「先生はいますか!?」

「もう来るなと言っただろう」

「先生はいますかっ!?」

 沖田さんはぶすっとした表情で頷いた。

「大丈夫だ、家で眠っとる」

 それを聞いたマオ君は、ほっとした様子で胸をなで下ろした。

「よかったです。ありがとうございます」

 私は沖田さんに頭を下げた。

「遅い時間にすみませんでした」

 廉冶さんはマオ君を抱きかかえ、沖田さんに会釈する。

「ほらマオ、今日は帰るぞ。明日になったら、もう一度様子を見に来よう」

「うん!」

 私も廉冶さんに着いて行こうとすると、沖田さんに呼び止められる。

「なぁ、あんた」

「はい」

 沖田さんは、苦虫を噛みつぶしたような渋い顔をしていた。
 その表情が本当に悲しそうで、胸を突かれたような気持ちになる。

「あの子に言ってくれ。もうシロのことは気にするなと」

 私は黙って沖田さんを見つめる。

「……シロはな、もうほとんど目が見えとらん」

「え?」

「それに、ほとんど動くこともできん。最近は、ずっと眠ってばかりだろう。エサも全然食べない」

 私はその言葉の意味を悟り、ぎゅっと唇をかみ締める。

「前に念のため、病院にも連れて行った。だがな、歳だから。
……長くはもたん。おそらくあと数日じゃないかと思う」

「そんな……」

「だから言っただろう。ここにはもう来るなって」

 沖田さんはそう言って、家の扉を閉める。

 私は彼がいなくなった後も、しばらくその場に茫然と立ち尽くしていた。

「おーい弥生、どうした? 何かあったか?」

「ううん、何でもない」

 廉冶さんに呼ばれ、ハッとして彼の方へ駆け寄る。
 家に帰る道を辿りながらも、私の頭の中はさっき言われた言葉でいっぱいだった。

 激しい雨に打たれ、強風に煽られながら考える。

 私も本当は、薄々気が付いていた。
 猫の寿命は、通常十五年ほどと言われているが、シロさんはそれより長く生きている。

 沖田さんがマオ君に何度も「来るな」と言ったのは、決して意地悪だったわけじゃない。
 マオ君がシロさんと親しくなればなるほど、そう遠くない時期にあるシロさんの死に、マオ君は深く悲しむだろう。沖田さんは、マオ君を悲しませたくなかったのだ。

 私はそのことをマオ君にどう伝えていいのか分からず、雨に打たれながら二人の背中を眺めていた。