その日の夕方、やっと送り火の準備が完成した。あとは送り盆の時に、火を焚くだけだ。

 私とマオ君は、家でキュウリとなすと割り箸を使い、牛と馬を作った。
 お盆の風物詩としてよく写真は見るけれど、実際に作ったのは初めてだ。

 マオ君は割り箸をくるくると指で回しながら、不思議そうにたずねる。

「弥生、どうしてキュウリとなすなんですか?」

「これ、精霊馬っていうんだって。ご先祖様の乗り物らしいよ。
こっちに来る時は足の速いキュウリの馬で、帰る時はゆっくり景色を眺めながら帰ってもらいたいから、足の遅いなすの牛なんだって」

 そう説明すると、マオ君は楽しそうに声をたてて笑う。

「これに乗って、ご先祖様が帰ってくるんですね」

「うん、そうみたい。野菜に乗るのを想像すると、ちょっと面白いよね」

 マオ君は優しく目を細めて精霊馬を撫でる。

「お母さんも、この馬に乗って帰って来ますか?」

 私はその言葉にハッとした。
 そうだ、マオ君のお母さんは、もういないんだ。
 私はマオ君をぎゅっと抱きしめて言った。

「そうだね、多分帰ってくるよ」


 夜の十時過ぎになると、島に大粒の雨が降った。雨の粒が、地面の色を一瞬で染めていく。
 私は縁側に立ち、家の戸締りをしながら、だんだん強くなる雨を眺めて呟いた。

「廉冶さん、送り火の松明、大丈夫かな?」

 隣に並んだ廉冶さんは難しい顔をする。

「うーん、一応ビニールシートを被せてとめてあるから平気じゃないかと思うが、枝や葉が湿気ちまうかもなぁ」

 後ろからぐいぐいと服を引っ張られ、驚いて振り返ると、廊下にマオ君が立っていた。てっきり先に眠ったものだと思っていたので、私は息をのむ。

「マオ君、どうしたの? もう寝る時間だよ」

 マオ君は焦った様子で私たちに言った。

「先生、大丈夫ですか!? 先生が心配です!」

 そう言われ、あの古い家とシロさんのことを思い出す。
 
「確かに……」

 シロさんは、いつも静子さんの家の縁側に座って寝ている。
 うちもそうだけど、普通の家なら縁側には雨よけがついているはずだ。けれど、静子さんの家は今は誰も人が住んでいないから、開けっ放しになっているかもしれない。

 家の中、どこかの部屋に入れば、さすがに雨と風はしのげるはずだけれど……。
 マオ君は不安そうな様子で私たちに訴え、その場で足踏みする。

「先生が心配です! 様子を見に行きたいです!」

 廉冶さんは少し悩んだ後、マオ君の頭を撫でた。

「分かった、じゃあお父さんが見てくるから、マオは先に寝てな」

「ありがとう、廉冶さん。じゃあ私とマオ君はお留守番する?」

 マオ君はぶんぶんと首を横に振った。

「僕も一緒に行きたいです!」

 私と廉冶さんはどうしようかと顔を見合わせたが、マオ君を残して行っても、きっとシロさんの無事が分かるまでは心配で眠れないだろう。
 私もシロさんのことは気がかりだし……。
 結局三人でシロさんの様子を見に行くことにした。

 雨はあっという間に強くなり、蛇口をひねったように空から降りそそぐ。
 三人ともカッパを着て家を出たけれど、横殴りの雨と強い風に、すぐに役に立たなくなり、びしょ濡れになった。

「うわぁ、これはもう一回お風呂に入らないとダメだね」

 靴に水が入ってぐしゃぐしゃになるのを気持ち悪いと思いながら歩みを進めたけれど、マオ君はシロさんのことが心配で、他のことは頭にないようだ。

「ほら、急ぐぞ」

 廉冶さんはマオ君を抱えて、シロさんの家まで歩調を早めた。