「お前たち、また来とるのか」

 沖田さんは、静子さんの家の縁側で座っている私たちを見て、呆れた声を出した。

「どうもこんにちは」

 私がびくびくしながら挨拶をすると、彼はぶつぶつ文句を言う。

「まったく、何度も来るなと言っておるのに」

 とはいえ、昨日よりはほんの少しだけ柔らかい雰囲気のように感じる。
 マオ君は沖田さんのことを気にせず、尊敬を込めた眼差しでシロさんを眺めた。

 シロさんは、縁側ですやすやと眠っている。
マオ君の話だと、一日のほとんどを眠って過ごしているらしい。高齢の猫だから、そういうものなのかもしれない。
 動かずに縁側で眠り続けているシロさんは、まるで置物のようだ。

 シロさんはたまに起きている時、ぽつぽつと昔の思い出を話してくれるらしい。マオ君いわく、それがとってもかっこいいのだとか。

 数時間シロさんを眺め、マオ君が満足した様子なので、私たちは昼食を食べに家に帰ることにした。

「さようなら」

 一応帰り際に沖田さんに声をかけると、彼は腕を組んで、ふんと息を荒く吐いた。

「もう来るなよ」

 うーん、やっぱり厳しい対応。

 
 帰り道、マオ君は頬を膨らませて怒った様子だった。

「沖田さん、やっぱり意地悪です!」

 顔を見ると、来るなよとしか言われないしなぁ。

「でも私、気づいたんだけど、シロさんのお世話をしてるのって、多分沖田さんだよね?」

 そう話すと、マオ君はきょとんとして大きな瞳をこちらに向けた。

「そうなのですか?」

 廉冶さんが話す。

「そうだと思うよ。エサも高齢の猫が食べやすいのが皿に残ってたし、沖田さんが置いてるんだろう」

 それを知ったマオ君は、複雑な表情になる。
 私はマオ君にたずねた。

「シロさんは、沖田さんのことを何か言ってなかった?」

「少し血の気が多いけど、悪い人間じゃないよ、って言ってました」

 なるほど、たしかにその通りかもしれない。

「でも、そうなのですか……。沖田さん、先生には優しいのですね。
だとしたら、沖田さんは意地悪じゃなくて優しい人ですか?」

 私は苦笑しながら言った。

「少なくとも、猫は好きなんじゃないかな」

「子供が嫌いですか?」

「うーん、どうかな?」

 何となくだけれど、子供が嫌いという風には見えなかった。
 それに私は、猫好きに悪い人はいないんじゃないかって思ってしまう。


 それから私たち三人は昼ご飯を食べ、昼過ぎから夕方までは海沿いで、送り火の準備をした。
 次の日の朝になると、またマオ君と一緒にシロさんの様子を見に行く。
 夏休みはしばらく、そんな日を繰り返した。

「おはよう沖田さん、今日も元気そうだな!」

 すっかり顔なじみになった廉冶さんは、カラカラと笑い、元気よく沖田さんに声をかける。

 沖田さんはやれやれといった様子で私たちを睨んだ。

「まったく、来るな来るなと言っとるのに、毎日来るんだからな」

 私と廉冶さんとマオ君が縁側に座っていると、今日は珍しく、沖田さんもこちらに歩いてきて、一緒に縁側に腰掛けた。

 そして静子さんの家を眺めながら、ぽつぽつと喋りだした。

「この家も、ずいぶんボロボロになったな。元々古い家だが、静子さんが住んでる時は、いつも綺麗にしとったのにな。
やっぱり家は、人が住まなくなるとすぐ痛む」

 私は沖田さんに問いかけた。

「このお家、どなたかが住んだりしないんですか?」

「古い家だからな。そのうち静子さんの家族が取り壊すんじゃないか? 
本土に住んでるから、手続きやなんやでしばらく時間がかかるんだろう」

 静子さんは、旦那さんを亡くしてからずっとこの家で一人で――いや、シロさんと二人で暮らしていたらしい。
 しかし昨年の冬、風邪をこじらせて、そのまま亡くなってしまったようだ。

「シロさんのお世話をしているの、沖田さんですよね?」

 そう問いかけると、彼はふんと息を吐いた。

「そうだ。静子さんに、自分にもしものことがあったら、シロのことを頼むって言われとったからな」

 私はそれを聞いて小さく笑った。やはり優しい人なのだ。

「シロはな、子猫の時に静子さんが拾ったんだ。
この島では自由に暮らしている島猫も多いが、シロは生まれつき足が悪かったみたいで、最初はうまく歩けなくてな。
静子さんが面倒を見て、だいぶ良くなったんだが。
そのうち出て行くかと思ったら、そのまま静子さんの家に住み着いた。今では静子さんがいなくなった後も、この家から離れようとしない」

 マオ君はシロさんを眺めながら言った。

「シロ先生は、静子さんのことが大好きだったって言ってました」

 沖田さんは昔を懐かしむように目を細める。

「静子さんは、シロを自分の子供のようにかわいがってたからな。もうこの家で、十八年以上生きとるんじゃないか?」

 廉冶さんは感心した様子で言う。

「ってことは、人間の年齢にすると九十近くだ。凄いな」

 シロさんは人間のことなどおかまいなしという感じで、すやすやと眠っている。


 静子さんの家を出る時、沖田さんは今日も「もう来るなよ」と言った。
 私にはその理由が分かった気がして、少し悲しい気持ちになる。