声の主は、八十歳くらいのおじいさんだった。
私と廉冶さんが一緒にいるのを見て、彼は怪訝そうに顔をしかめた。

「おや、あんたたちは……」

 廉冶さんは朗らかな様子で頭を下げる。

「どうも、お久しぶりです、沖田(おきた)さん」

 沖田さんと言われたそのおじいさんは、憤慨した様子で手に持っていた箒を地面に打ち付ける。

「何度も言ってるんだ! ここには来るなって!」

 そう言われたマオ君は、むっとした様子で口を尖らせる。

「どうしてあなたにそんなことを言われないといけないんですか? 先生は、僕が来てもいいって言ってます!」

 沖田さんは、ふんと鼻を鳴らす。

「猫の言葉が分かるとでも言うのか? くだらん。
とにかく、あんたたち親なら、あんたたちからも言ってくれ。もうここには来るな!」


 すごい剣幕だ。
 廉冶さんはマオ君の頭を撫で、彼の手を取った。

「マオ、とりあえず今日のところは帰るか?」

「えー……まだ来たばかりです」

 マオ君は納得がいかなそうだったが、しぶしぶ廉冶さんと手を繋ぎ、帰宅することにしたようだ。

 私が沖田さんに頭を下げると、沖田さんは怒った様子で自分の家に入ってしまう。どうやら、この家の隣に住んでいるようだ。


 帰り道、マオ君は手足をジタバタさせて怒りを表現した。

「あのおじいさん、いつも僕が先生と話していると、怒ってくるんです! 意地悪じいさんです!」

「こらこらマオ君、そんなこと言っちゃいけないよ」

 私は苦笑しながらマオ君をなだめた。
 とはいえ、確かに沖田さんは、どうしてマオ君があの家にいることを怒るんだろう?

 悪戯しているわけでもないし、空き家ならいいんじゃないかなと思うけれど。
 古い家だから、危ないから?
 それともただ単に子供が嫌いなのか。
 前の家の持ち主……静子さんと親しかったのだろうか?


 廉冶さんはマオ君の気を紛らわすように言った。

「まぁマオ、いいじゃねぇか。気持ちを切り替えて、お父さんのお手伝いしてくれるか?」

 そう言われたマオ君は、パッと顔を輝かせ、元気よく挙手する。

「はいっ、僕、お父さんのお手伝い、やります!」