というわけで、私と廉冶さんは二人でマオ君のことをこっそりつけることにした。
マオ君は家から坂道を降り、島の船着き場まで向かい、それから家から反対方向にある坂道を歩く。
「こっちの方って、私あんまり来たことないなぁ」
「俺もあんまり来ねぇな。というか、家の近くしか散歩しないしな」
マオ君の足取りは軽く、ぴょんぴょんと跳ねるように道を進んで行く。
今日も太陽はジリジリと島を照りつけている。
「暑いのに元気だなぁ、マオ君」
「最近あんまり外に出てなかったから、ちょっと歩いただけで倒れそうなんだが」
一方の大人たちは体力がない。
二十分ほど歩き、やがてマオ君が到着したのは、築四・五十年以上は経っているのではないかと思われる、古い木造の家だった。
家の周囲に木が生い茂り、その影になっているせいか薄暗く、お化けが出そうだな、なんて考えてしまった。
「ずいぶん歴史のある建物ですね」
それを見た廉冶さんは、心当たりがあるように呟いた。
「この家は確か……」
マオ君は慣れた様子で門をくぐり抜け、その家の縁側に回り、元気のいい大きな声で叫んだ。
「先生、いますかー?」
私と廉冶さんは先生の姿を見ようと、影から身を乗り出す。
しかし家の周りには塀があり、よく中の様子が見えない。
「廉冶さん、見えますか?」
「いや、塀の角度のせいでよく見えねぇ」
マオ君は、縁側で誰かと話しているようだ。相手の声はよく聞こえない。
一体こんな場所で、誰と会っているんだろう?
「ちょっと廉冶さん、押さないでよ」
「いっそ弥生、そこの隙間から見えないか?」
「いやいや、さすがに無理だよ」
気になった私たちが騒いでいると。
「お父さんと弥生……どうしてそこにいるんですか?」
マオ君に、あっさり見つかってしまった。
結局私と廉冶さんもその家の縁側にお邪魔して、腰掛けさせてもらう。
「勝手にお家に入っていいのかな?」
そう問うと、廉冶さんは頷いた。
「この家は、もう空き家のはずだ。少し前までは、静子(しずこ)さんっておばあさんが一人で住んでたんだけど。静子さんが亡くなってからは、誰もいないんじゃないか?」
私は縁側で寝転んでいる猫を見ながら言った。
「じゃあ、ここに住んでいるのは先生だけなんだ。
先生って、この猫さんのことだったのね」
マオ君はニコニコと返事をする。
「はい! シロ先生です!」
マオ君の隣で、真っ白な猫が水を飲んでいる。
どうやらこの白い猫が、先生の正体だったようだ。
一目見ただけで、ずいぶん歳を取った猫だと分かった。
全体的に痩せていて、毛にもあまり艶がない。真っ白でもわもわした毛は、まるでサンタクロースのひげみたいだった。
「先生は、ずっとここで暮らしているみたいです。
この間、悠人君とボール遊びをした時に、このお家を発見したんです。それで、先生と会いました」
「こんな遠くまで遊びに来てたんだ」
マオ君は嬉しそうな声で続けた。
「先生は、何でも知ってるんです! 生まれた時からずっとこの家に住んでいて、島のことを見守ってきたんです!」
そうか、マオ君は猫と話すことができるんだ。それを思い出した私は、やはりマオ君が羨ましくなった。
シロさんは、マオ君に一体どんなことを教えてくれたのだろう。
「ありがとうございます、シロさん。いつもマオ君とお話してくれて」
私がそう声をかけると、シロさんはまるでそれを理解しているように、しわがれた声でにゃあー、と長く鳴いた。
「マオ君は最近毎日、シロさんに会いに来てたのね」
「はい!」
そんなことを話していると、突然家の向かいから大きな怒鳴り声が聞こえてきた。
「こら、またそこに入ってるのか、悪ガキが! もうここには来るなって言っただろ!」
突然叱りつけられ、びくっと肩がはねる。