「弥生、今日も僕、先生に会ってきます!」

 私はお弁当の入ったリュックを背負い、楽しそうに駆けだして行くマオ君の背中を見送る。

「行ってらっしゃい……」

 マオ君が出ていってから、私は居間でのんびりお茶を飲んでいた廉冶さんに声をかけた。

「廉冶さん」

「ん?」

「先生って、誰でしょう?」

「何だ、弥生も知らないのか?」

 私たちは不思議に思いながら顔を見合わせる。


 幼稚園が夏休みに入ってから、マオ君は毎日のようにお隣の悠人君と遊んでいた。
 やがて八月になり、数日前から悠人君の家族は本土にある実家に帰省している。

 悠人君と遊べなくなって、マオ君は最初しゅんとした様子だったけれど、数日前から「先生」の家に通い出したらしく、とても楽しそうだ。

 私は洗濯物を畳みながら言った。

「本当に誰かのお家にお邪魔してるんなら、一度ご挨拶したほうがいいよね?」

「まぁな。この島の人間なら、たいてい顔見知りだけど。ただ、先生なぁ……」

 私が先生と言われて一番に思い浮かぶのは、園長先生だ。狐のあやかしで、いつものらりくらりとしたつかみどころのない雰囲気のある人。
 しかしマオ君に聞いたところ、先生は園長先生でも幼稚園の先生でもないらしい。

 他にも小学校や中学校だってあるから、そこの先生だろうかと考えたけれど、そういう感じでもなさそうだし。

 その他によく先生と言われているのは、他でもない廉冶さんだったりする。島の人たちからすると、廉冶さんは書道の先生だ。  

 廉冶さんはにやぁっと悪戯を考える子供みたいに笑って、私の腕をつついた。

「後を付けてみるか?」

「えっ!? それはさすがにマオ君に悪いんじゃ……」

「いやいや、子供のことを見守るのは親の役目だぜ?」

 廉冶さん、絶対面白がってるだけだと思う。
 とはいえ、私もマオ君がどこに行っているのか気になるのは事実だ。

 私は数秒悩んだ後に言った。

「何か手土産持って行った方がいいかな?」