「……え?」
耳元で彼の声が聞こえ、ドキリとする。
「弥生、あやかしのケガとか病気とか治せるだろ? 昔も俺のケガ、治してくれただろ。だから……」
「嫌だ!」
きっぱり否定すると、廉冶さんは困ったように目尻を下げる。
「どうして」
「そういう風に使いたくない!
廉冶さん、無理するでしょう。私の力は無限にケガを癒やしたり、体力を回復するわけじゃないもの。
くわしい仕組みは分からないけど……多分、その人が本来持っている回復する力を、促進しているだけだよ。
ずっと私が治していたら、廉冶さん、すぐにしわしわのお爺ちゃんになっちゃうんだから!」
一気にまくし立てると、廉冶さんは私に抱きついたまま、声をたてて笑った。
「お前って、優しいのにたまに頑固だよな」
「頑固で悪い!?」
「いや、弥生ならそう言うと思ってた。俺、弥生のそういうところ、好きだよ」
好きだというストレートな言葉に、顔が熱くなる。
「なっ……」
廉冶さんの身体がこちらに傾き、そのまま床の上に押し倒される。
机にのっていたコップが落ちて、お茶がこぼれた。
「れ、廉冶さん! ちょっと、ちょっと待って! ここ、台所だし……!」
私は彼の胸を押し返しながらパニックになる。
何で今!? どこでスイッチが入ったの!? そもそも、順を追ってって言ってたのに!
そこまで考えて、彼がちっとも動かないことに気づく。
「廉冶さんっ!」
廉冶さんは、私が呼びかけても動かない。
どうやら気絶しているようだ。
「大丈夫、しっかりしてっ! 廉冶さん!」
「お父さん、大丈夫ですか!?」
幼稚園から帰宅したマオ君は、すぐに廉冶さんの寝室に飛び込んだ。
私はマオ君に、静かに見守るように話す。
「大丈夫だよ。急に眠っちゃったんだ。
多分、ずっと睡眠時間が不規則だったのと、熱が高かったから、倒れちゃったんだと思う。
お医者さんを呼ぼうかとも思ったんだけど、今は落ち着いてるし、さっきより熱も下がってた。
目が覚めてから、本当に具合が悪そうだったから、すぐにお医者さんに連絡するから」
マオ君は寝息を立てて横になっている廉冶さんを見て、ほっとしたようだ。
「そうですか……よかったです」
私はマオ君と手を繋ぎ、台所に向かう。
「マオ君、お父さんを元気にする作戦、付き合ってもらえるかな?」
そう話すと、彼はぴっと片手をあげて喜ぶ。
「もちろん、やります! 作戦って何ですか?」
それから数時間後。
寝室へ様子を見に行くと、廉冶さんは目を覚ましたようだ。
「廉冶さん、具合はどう?」
廉冶さんはまだぼーっとした様子だった。
「だいぶましになったよ。弥生がここに運んでくれたんだよな?」
「うん、そうだよ。重かったし、心配したんだから。喉渇いてるでしょ?」
スポーツドリンクを渡すと、廉冶さんはそれをほとんど飲み終えてしまった。
「もう体調、平気? あまりにひどかったらお医者さんを呼ぼうと思ったんだけど」
「あぁ、平気平気。寝たらかなりよくなったよ。悪いな、心配かけて」
「本当だよ! 私もマオ君も、すごく心配したんだから!」
私はタオルで廉冶さんは額の汗を拭った。
「いやー、しかし久々によく眠ったな」
「汗をかいたままだと、冷えて寒くなっちゃうね。お風呂、あったまってるよ」
廉冶さんはニコニコ笑って答えた。
「じゃあ入ってくる。弥生も一緒に入らないか?」
「入らない!」
即答すると、廉冶さんはすねたように口をとがらせた。
「えー、何で。マオには一緒に入ろうって誘ってたくせに」
「聞いてたんだ……」
「聞いてたよ。俺、少しだけうらやましかったんだけど」
「マオ君は子供でしょう」
私が怒ると、廉冶さんはおかしそうに笑って、私の耳元で小さくささやいた。
「でも、そのうち一緒に入ろうな?」
真っ赤になって固まっている私を放置して、廉冶さんは上機嫌でお風呂に向かった。