「あぁ、狸だ、こいつは」
私は感心して藍葉さんを眺める。
「園長先生は狐で、マネージャーさんは狸なんだ」
廉冶さんは疲れ切ったように溜め息を吐く。
「そうだよ。藍葉は元々、俺の仕事先の知り合いの部下だったんだ。どんくさくて失敗ばっかりしてて、上司にぼろくそに怒られてるのが気の毒だったからマネージャーにした。
ちょうど、事務処理をしてくれる人間が欲しい時期に会ったから。
藍葉があやかしじゃなかったら、もっと有能な人間をマネージャーにしてるよ」
廉冶さんって、一見冷たそうだけど、案外捨て猫とか拾っちゃうタイプだよね。
藍葉さんは嬉しそうに頬を緩める。
「その説はお世話になりました。まぁぼろくそに怒られてるのは、今も昔も変わらないですけどね」
「嫌ならいつでも首にしてやるぞ」
「いえいえ、一生先生について行きますよ!」
「来るな、うっとうしい」
二人の会話を聞いていると、なんだか漫才を見ているみたいだ。
「とにかく先生、もう本当に本当に時間がありませんので。とりあえずできた作品から貰いますので! 連絡をいただければ、すぐに取りにきますので! 朝でも昼でも夜でも!」
藍葉さんも相当追いつめられているらしい。働くって、どんな仕事でも大変だ。
「分かってる、分かってる。前に頼まれてた仕事のやつは、その棚に置いてあるから」
作品を受け取った藍葉さんは、ありがたそうにそれらをケースにしまった。
「それでは私、一度本土に帰りますので」
私は驚いて彼にたずねる。
「え、今から本土に戻るんですか!?」
既に夕方だ。本土までの交通手段はフェリーのみで、三時間ほどかかる。
おそらくさっきここに来たばかりなのに、また戻らなくてはいけないなんて大変だ。
「ええ、でもどうしても現場でやらないといけない仕事がありますので。また明日も、作品を取りに参ります」
「もう来なくていいぞ」
冷たくそう言われた藍葉さんは、声を張り上げた。
「来ますよ! 作品展の打ち合わせ、明日ですからね! 忘れないでくださいね!」
「へいへい、早く帰れ」
藍葉さんは私とマオ君に頭を下げ、部屋を出ようとする。
「それでは、お邪魔しました」
「いえ、こちらこそ何のお構いもできませんで」
藍葉さんは、私と廉冶さんを見比べ、にこりと笑って廉冶さんのお腹をつついた。
「いやあでも先生、水くさいじゃないですか! まさかこんな素敵な女性とご結婚することになっているなんて! 羨ましいです!」
「あれ? 言ってなかったか?」
「言ってないですよ! 先生、いつも私には大切なことを教えてくれないんですから!」
「藍葉に大切なことを教えると、面倒なことになりそうだし」
「酷い言いぐさですね! でも先生、他の女性の方とはプライベートで会わないのに、一時期はモデルの咲坂レナさんとお会いしてたので、てっきり彼女とお付き合いしているのかと、思っ……」
「……モデル?」