私は藍葉さんを居間へと案内する。

「そうとは知らず、すみません。どうぞ上がって下さい」

「ありがとうございますー!」

 私は彼にお茶を出した。
 藍葉さんは礼儀正しくお辞儀し、名刺ケースを差し出した。

「改めまして、私、成瀬先生のマネージャーをしております、藍葉と申します」

「これはどうも、ご丁寧に」

 私はお辞儀をして、彼の名刺を受け取る。

「えぇと、私は……」

 島の人には廉冶さんの妻ということで通しているけれど、お仕事関係の人にもそう名乗っていいのだろうか?
 私が迷っていると、隣に座っていたマオ君がさらりと言った。

「弥生は、お父さんのお嫁さんになる人です」

「ええええええええええええ!?」

 藍葉さんは分かりやすく動揺している。

「せ、先生結婚するんですか!? 私、何も知りませんでした! 
先生のマネージャーになってもう二年くらい経つのに、知らなかったです! 言ってくれてもよかったのに! 
あぁでも、先生はずっと心に決めている方がいらっしゃるようだったので。そのせいか、どれだけ女の人に誘われても、全部断っていましたし。羨ましいな、全部断るのなら、私に一人くらい紹介してくれたらよかったのに!」

 本音が漏れている。

「そのお相手があなただったんですね! おめでとうございます!」

「はぁ……」

 心に決めている人。本当に私がそうなんだろうか。未だに自覚がない。
 そして、やっぱり廉冶さんはもてるのか。

 そうだろうなとは思っていたけれど、第三者から聞くとちょっと落ち込むというか、もやっとするというか。

 まったりとお茶をのんでくつろいでいた藍葉さんは、はっとした様子で目を見開く。忙しい人だ。

「あっそうだ、時間がないんでした! 先生はどこですか!?」

「廉冶さんなら、仕事部屋に籠もってずっとお仕事をしていますよ」

 そう言って彼を部屋まで案内する。

「先生!」

 廉冶さんは藍葉さんの顔を見た途端、露骨にだるそうな顔をした。

「うわ、弥生、そいつ入れちゃったのかよ。閉め出しておいたのに」

「ひどいですよ先生―! やっぱりわざとだったんですね!」

 放っておいても近所迷惑になりそうだったので、とは言葉にせず頭の中で思っておく。

「どうですか、先生、満足のいく作品は書けましたか!?」

「まだだ」

 ピシャリと言い切られ、藍葉さんは泣きそうな顔で廉冶さんにすがりつく。

「でも先生、先生の納得がいくまでこだわりぬくという姿勢は大変立派ですが、もう会場の設営が始まっておりまして! 
そろそろ作品を入れないと間に合わない日程に……」

 廉冶さんは藍葉さんの頬をつかみ、左右に全力で引っ張る。

「うるせー、お前が考え無しに死ぬほど仕事を入れたせいでここまで大変な状況になってるんだろうがー! 
日程を考えず、依頼を受けた仕事全部はいはい言って受け入れるやつがあるか! お前は何のためにマネージャーやってるんだ! 嫌がらせか!? 
俺を陥れるためにやってんのか!? このアホ狸!」

「ひええええ、ごめんなさいごめんなさい」

 廉冶さん、疲れているせいかいつもより荒れてる。
 さすがに藍葉さんが気の毒になって止めようとすると、彼から白い煙が出て、丸っこい尻尾と茶色い耳が現れる。

「えっ」

「あわわ、戻っちゃいました!」

 そう言って、藍葉さんは耳と尻尾を隠そうとする。

「廉冶さん、もしかしてその方も……」