きっとあれが、私の初恋だったのだろう。
 そんな淡い思い出を、どこか忘れきれなかったのだろうか。

 気が付けば、私は二十二歳になっていた。
 大学を卒業後、何とか就職が決まってから三ヶ月。今は仕事漬けの毎日だ。

 とはいえ好きな人や、恋人がまったくいなかったわけじゃない。

 大学二年生の時にも、付き合っていた彼氏はいた。 
 だが彼は、私の他にも五人彼女がいたのだった。大変ろくでもない男だった。

 そのことが判明して修羅場になり、私は少し男性不信になって、恋愛なんてしばらくどうでもいいやという心境で現在に至る。

 そう、恋愛なんてしばらくはいいんだ。就職したばかりだし、私は仕事に生きるのだ。

 会社に到着し、ロッカールームで制服に着替えていると、お世話になっている先輩から衝撃的な事実を聞いた。

「大変よ」

「どうしたんですか?」

「この会社ね、もうすぐ倒産するんだって」

「えっ!? と、倒産!?」

「そう。前から危ないって噂だったんだけどね。本格的にヤバいらしいよ」

「え、えええええ!?」

「早く次の仕事探した方がいいよ」


 先輩の言葉通り、数日後には会社が経営破綻したこと、全社員解雇になることが告げられた。

 社長が逃げた、負債の額がとんでもないなど不穏な言葉が周囲の社員からあふれている。

「冗談でしょ……だったらどうして新入社員取ったのよ……」

 頭が真っ白になりながらも電車を乗り継ぎ、寮に辿り着くと、信じられない光景が目に入った。
 不幸は連鎖するらしい。 

 私が住んでいる寮が炎に包まれ、轟々と音を立てて燃えていた。

「な、何これ」

 寮の周囲には、大勢の野次馬が集まっている。
 幸いケガ人はおらず、すぐに消防車が到着して火は消し止められたけれど、火元の部屋が近かったようで、私の部屋は水浸しになってしまった。

 その上二次災害の恐れがあるので、数日は部屋に入ってはいけないらしい。

「じゃあ私、どうすれば……」

 大家さんにすがりつくと、今日の分のホテル代をくれた。
 私は一番近くのビジネスホテルに部屋を取り、到着したのと同時にベッドに倒れた。

 時間が経つにつれて、じわじわ悲しみが押し寄せてきた。

 冷蔵庫を開けると、おあつらえ向きに缶ビールが入っていた。
 普段ならビールなんて一人で呑まないけれど、こんな時にはもう呑まずにやっていられない。
 私はぷしゅっとタブを開いて、一気にビールを半分ほど飲み下す。

 酔いが回ってきたせいか、じわっと涙が目に滲む。私は泣き上戸だったのだろうか。

「どうしてこんなにひどい目にあうの? 
仕事もなくなっちゃったし、寮も燃えちゃったし、部屋にあった物も全部水浸しで、これからどうやって生きていけばいいのよ!」

 一度泣き始めたら、涙が止まらなくなった。
 大人なのに恥ずかしいだろうか。

 いや、どうせここには誰もいない。
 誰にも遠慮する必要も、取り繕う必要もない。
 大声でわぁわぁ泣いていると、誰かにふわりと頭を撫でられた。

「何を泣いているんだ、弥生」