そう思って身構えたけれど、彼は私の目蓋に優しく唇を落とした。

「え?」

 まるで羽根のように軽く、目蓋に触れただけ。

 意外だった。安心したけれど、ちょっと残念だったような。
 廉冶さんはぽかんとしている私がおかしかったのか、ぽんぽんと頭を撫でた。

「本当なら、今すぐにでも押し倒したいけど」

「押しっ……!」

 私がさらに顔を赤くすると、廉冶さんはにやりと口元を上げる。
 どう考えてもからかわれている。

「順序を追って、だっけ? 今日は仕方ないから、ここまでな。偉いだろ?」

「う、うん?」

「これならひっぱたかれずにすむか?」

「……何だかそうやって言われると、私ってすごく乱暴者みたい」

 そう言うと、廉冶さんは声をたてて笑った。

「じゃあ、私も抱きしめる」

 廉冶さんの背中に手を回し、ぎゅっと彼に寄り添う。
 彼の心臓の鼓動が伝わってきて、なんだかすごく安心した。

 マオ君が廉冶さんに抱きしめられるのが大好きなのが分かる。
 私が廉冶さんの胸に顔を埋めていると、廉冶さんは私の身体を引き剥がした。

「あれ、もう終わり?」

 そうたずねると、廉冶さんは眉を寄せて髪をかき上げる。

「あのなぁ、俺だって何なら弥生をずっと抱きしめて、そのまま何十時間もいたいところだけど」

「そ、そんなに!?」

「あんまりかわいいことを言われると、そのまま押さえが聞かなくなりそうだ
から、俺も我慢してるんだよ」

 彼の言葉の意味を理解して、また顔が熱くなる。

「そ、そうですか……」

 どうしたらいいのか分からず、部屋から出ようとする私を、廉冶さんが引き止めた。

「弥生、今日は一緒に寝ようか」

「えっ!? で、でも」

 廉冶さんはにこにこと微笑む。いい笑顔すぎて、なんだか怖い。

「大丈夫だって、何もしないから。手を繋ぐだけ」

「ほ、本当?」

「本当、本当。順を追うって言っただろ。夫婦で寝るのに何か問題でもあるか?」

「ない……のかな。じゃあ、手を繋ぐだけなら」

 布団を敷いていると、近くで廊下が軋む音が聞こえて、びくっとした。
 振り返ると、トイレに起きたマオ君が立っていた。

「あ、マオ君」

 マオ君はぼんやりした様子で廉冶さんと私を見上げた。

「僕も一緒に寝てもいいですか?」

「もちろん」

 私は隣の廉冶さんの寝室に移動し、二つ並んで敷かれた布団に横になった。
 廉冶さんと私の間に、マオ君が寝っ転がる。マオ君は幸せそうな表情で、すぐにまた眠ってしまった。

「本当にここで寝るの?」

「もちろん」

 廉冶さんは、私とマオ君と手を繋ぐ。

「おやすみ、弥生」
「……おやすみなさい」

 最初は、緊張して眠れないんじゃないかと思っていた。
 けれど、廉冶さんの手の温かさに安心して、私はすぐに穏やかな眠りに落ちていった。