三人で手を合わせて箸を伸ばす。
マオ君は廉冶さんに自分の作った餃子を教えた。
「お父さん、これ、僕が作りました!」
「お、じゃあ俺が食べよ」
マオ君は自分もお腹がすいているはずなのに、緊張した面持ちで廉冶さんのことを見守る。
「お父さん、おいしい?」
廉冶さんは難しい顔で目を細め、一瞬動きを止める。
マオ君が不安そうにぎゅっと手を握り締める。
「うん、めちゃくちゃうめー! さすが俺の息子だ!」
廉冶さんが大げさにそう伝えると、マオ君はきゃっきゃと微笑んだ。
その光景を見て、何だか幸せだなと頬がほころぶ。
食事が終わり、テーブルを片付けてお皿を洗おうとすると、廉冶さんは私の持っていたお皿をひょいと取り上げた。
「あれ?」
「俺が洗うよ」
「え、でも悪いよ」
「何で。何も悪くないだろ。三人で暮らしてるんだから、俺だってできることはやるよ。
だから俺にもちゃんと、手伝ってほしいこと教えてくれよ。今日は俺が洗うから」
「……うん」
そう言ってくれたので、廉冶さんに任せることにした。
マオ君も寝たし、私もそろそろ自分の部屋で寝ようかなと考えていると、廉冶さんに呼び止められる。
「マオはもう眠ったか?」
「うん。色々あって疲れたんだろうね。布団に入ったら、すぐに寝ちゃった」
それを聞いた廉冶さんは、私を仕事部屋まで呼んだ。
「マオの話、しようか」
私は少し緊張しながら、彼の言葉に頷く。
廉冶さんの部屋は、相変わらず清廉とした空気が流れていて、墨の香りがした。
部屋全体に廉冶さんの存在を感じて、ここに来るととても落ち着く。
私と廉冶さんは、畳の上に向かい合って座った。
「だいたいの話は、マオから聞いたよな?」
「うん。あの……。廉冶さんが話したくなれば、聞かないけど」
そう前置きすると、廉冶さんは即座に否定する。
「そんなわけないだろ。弥生は俺と結婚するんだから。弥生に隠すことなんか、何もないよ」
「うん」
廉冶さんと結婚。まだ実感は湧かないけれど、この前までは戸惑いしかなかった言葉を、素直に嬉しいと思えた。
「マオ君のお母さんは?」
「マオの母親は、もういない。俺はこの島に来る前、四国の本土にいたんだ。そこでマオと出会った」
本土にいた頃の廉冶さんは今よりさらに仕事が忙しかったらしい。
一日中仕事に追われ、たまの息抜きに近くの山を散歩していたそうだ。
時間は太陽が昇る前が多かったらしく、山の頂上で日の出を見るのを楽しみにしていたらしい。
「山って言っても、ほんの小さなところでな。
そうしたら、山道の途中でしゃがみこんでいる子供を見つけた。一目で人間の子じゃないと分かったよ。
まぁ猫の耳と尻尾もあったし、雰囲気も異様だったし。何より、人間の子供があんな山の中で、一人でいるわけないからな」
「うん」
「よくよく見ると、その子供の側には、痩せ細った猫が倒れていた。猫、いや、正確に言うと猫又だな。マオの母親は、猫又だった」
「猫又……って、あやかしだよね」
「そうだ。長生きした猫は、尻尾が二股に分かれ、人間に化けられるようになる。
マオが生まれた経緯は俺もくわしく知らないが、マオは猫又の母親から生まれたんだ。父親が誰かは、俺も分からない」
私も幼い頃、人間に化けている猫又を見た記憶がある。見た目は人間そっくりだったけれど、やはり独特の空気を持っていた。
「その猫又は、どうして死んでしまったの?」
「元々、歳を取って弱ってたみたいだ。目も悪くなって、ほとんど視力がなくなってたみたいでな。
おそらく車に轢かれたのか、他の動物にやられたのか」
廉冶さんの声は落ち着いていた。それが余計悲しい気がする。
「マオがどうしても母親の元を離れようとしないから、お前がそんなに泣いてたんじゃ、お母さんも成仏できないって話したんだ。
俺は神様だからな。母親の魂を、上に送り届けてやった」
「……うん」
「そうしたら、安心したみたいでな。お前はこれからどうするんだって聞いたら、分からないって言う。
俺と一緒に来るかと聞いたら、虚ろな目をしてたけど、それでも頷いた。その日から、マオは俺の子供になったんだ」
「そう、だったんだ……」
マオ君がお母さんにすがりついて泣いている光景を思い浮かべると、胸がぎゅっと締め付けられた。
たった一人の母親が死んでしまって、取り残されて。
今でも小さいのに、さらに幼いマオ君は、どれだけ不安だっただろう。どれだけ悲しかっただろう。
その様子を見かねてマオ君を引き取った廉冶さんの気持ちは、よく分かった。