家に到着すると、私はソファに転がっているマオ君の肩を、とんとんと叩く。
まだ半分寝ぼけているマオ君の耳元で、私はささやいた。
「マオ君、おはようございます」
「ん……おはようございます」
私はマオ君の頭を撫でながら言う。
「雨で濡れちゃったし、このままだと風邪引いちゃうから、先にお風呂に入ろうか」
マオ君はまだ眠いのか、ふわふわした口調で言う。
「弥生も一緒に入りますか?」
「うん、じゃあ一緒に入ろう」
そう答えると、マオ君は幸せそうにふにゃりと微笑む。
すると背後から廉冶さんの声が飛んできた。
「えー、弥生とマオ一緒に風呂入んの!? いいなー、お父さんも一緒に入ろっかなー」
「お父さんも一緒に入りますか?」
マオ君はワクワクしているけれど、私はピシャリと否定した。
「入りませんっ!」
「えー」
廉冶さんは残念そうに口を尖らせる。
それから私はマオ君と二人で湯船に浸かる。
マオ君はお風呂に浮かべたタオルで風船を作っていた。懐かしいな、これ私も子供の頃やってた。
私はマオ君に話しかける。
「ねぇねぇマオ君、お手伝いしてもらいたいことがあるんだけど、できそうかな?」
それを聞いたマオ君は、ピッと右手をあげる。
「や、やる! お手伝い、やりたいです!」
勢いよくそう言ったからか、また猫耳と尻尾が現れる。
「あ……」
マオ君はしゅんとした様子になるけど、私は彼の背中をぽんと叩いた。
「大丈夫よ。うちには私と廉冶さんしかいないんだから、全然気にしなくていいの。
じゃあ、お風呂から出たらお手伝いお願いね」
「はい!」
この家に住ませてもらってるからと、今までどこか責任感を感じて、家事は全部私一人でやるべきだと思っていた。
だけどマオ君が挑戦したいなら、できる時は二人で作ろう。
「マオ君、お手伝いお願いします」
「はい!」
マオ君は張り切った様子で私の指示を聞く。
「まず、野菜をみじん切りにします!」
私はトントンとキャベツとニラを刻んでいく。
マオ君も切るのに挑戦したけれど、包丁になれていないので、手つきが危なっかしい。
「な、なかなか小さく切れません」
「上手上手。手はね、猫さんの手にするんだよ」
野菜をボウルにうつし、挽肉と調味料を混ぜる。
私はマオ君に、味噌をスプーンですくって中にいれるように話す。
「それはね、隠し味です」
「隠し味……ですか?」
「そう。ほんのちょっとだけ入れると、おいしくなるけど秘密なんだよ」
「秘密ですか!」
マオ君は楽しそうに目を細める。
「次は、野菜と肉を混ぜます」
「それなら僕もできます!」
「うん、じゃあマオ君にまかせます。あとね、もう一つ特別な隠し味。何でしょう?」
マオ君は真剣に考える。
「何でしょう? えっと、お砂糖と醤油と塩は入れたから……ソースですか?」
「あのね、おいしくなぁれって言いながら作るんだよ。料理は愛情を入れるとおいしくなるんだって!」
マオ君は、真ん丸な瞳でじっと私を見つめる。なんだか純粋な目で見られると、恥ずかしくなってきた。何言ってるんだこいつって思ったかな。
しかしマオ君は感心している様子でなるほど、と言って、何度もおいしくなぁれと唱えながら、小さな手に力を込めて精一杯挽肉を混ぜてくれた。素直ないい子だ。
「あとは皮に包んで焼くだけだよー」
マオ君は皮に具を入れて折り目をつけるのに、試行錯誤している。
「なかなか上手に包めません。破れちゃいました」
「いいんだよ、最初は上手にできなくたって。私だって、そんなに上手じゃないし。
でも次の時はきっと、もっと上手に包めるようになってるよ」
私たちの様子が気になるらしい廉冶さんが、後ろからその様子をのぞき込みに来る。
「今日は餃子か。楽しそうなことしてるな」
マオ君は満面の笑みで廉冶さんに振り向く。
「お父さんも一緒に作りますか?」
「お、じゃあやろうかな」
廉冶さんも隣に並び、皮に具を入れて器用に包む。
三人の餃子を並べると、なんだかんだ廉冶さんの作った餃子の形が一番綺麗だ。
「あとは焼いたらできあがりです!」
大きなお皿に焼き上がった餃子をのせる頃には、みんなお腹がぺこぺこになっていた。