手の平に淡い光が集まり、マオ君のケガは一瞬で治った。
 ……よかった。

 この力を使うのは久しぶりだったから、鈍っているかもしれないと思ったけれど、成功したようだ。

 マオ君は目を真ん丸にして、私の顔をじっと見上げる。

 私は曖昧に微笑んだ。
 また拒絶されてしまうだろうか。

 誰かに一番最初にこの力を使って見せる時は、いつも緊張で手が震えそうになる。
 友だちだった子に言われた「気持ち悪い」という言葉が、蘇りそうになるからだ。

「私ね、人のケガを治せるの。平凡な私の、一つだけ特別な力。
だから……私も昔ね、化け物とか気持ち悪いとか、よく言われたんだ。
自分では、みんなと同じだと思ってるんだけどね」

「……弥生も、一人でしたか?」

「うん、そうだね。なかなか友達もできなかったな。
だからこの島に来て、廉冶さんに会って、それで受け入れてもらえて、すごく嬉しかったの。
私じゃ、マオ君の気持ちを全部分かることはできないかもしれないけど、分かりたいって思ってるよ」

 マオ君は、数秒硬直していた。
 じっと待っていると、マオ君は消えそうな声で呟いた。

「……さい」
「え?」

 マオ君の瞳から、ポロポロと透明な雫がこぼれる。

「ごめんなさい、ずっと弥生にひどいことを言って。ごめんなさい、ごめんなさい」

 マオ君は何度も謝りながら、大声で泣く。
 きっと私のことだけでなく、今までの色んなことが積み重なった涙だったのだろう。

私は小さな身体をぎゅっと抱きしめて、マオ君が落ち着くまで彼の頭を撫でていた。

 それから私たちは公園のベンチに移動する。
 頼りないものだけど一応屋根があるから、ここなら少しだけ雨をしのげる。
 座って待っていればやむかと思ったけれど、雨はさらにひどくなっていく。

「雨、強くなっちゃったね。お家に帰ったら、すぐお風呂に入ろうね」

 隣に並んで座ったマオ君は、先ほどよりひどくなった雨をじっと見上げる。

「ねぇ、よかったら、マオ君のこと、私にもっと教えてくれるかな?」

するとマオ君は、ポツポツ話し始めた。

「……僕がまだ、この島に住んでいなかった頃のことです」
「マオ君って、ずっとこの島に住んでいるんじゃないの?」

 そうたずねると、彼はふるふると首を横に振る。

「前は、この島じゃない、もっと人が多い場所がいました。本土、です。そこで僕は、お父さんに拾われたんです」

 聞いたことのない話に、思わず息をのむ。
 拾われた……?
 ということは、マオ君は廉冶さんの本当の子供じゃないの?

 驚いたけれど、私は黙って続きを待った。

「そこで最初、僕はお母さんと二人で住んでいました。でも、お母さんは死んでしまって」

 小さなマオ君の口から、あまりに自然に“死”という言葉が出たので、どう反応すればいいか戸惑う。

「そう、だったの……」
「はい。それで、僕はお父さんに拾われました。それからお父さんと僕は、本土で今の家に似た家を借りて、暮らしていました」

「うん」
「だけど僕は、お隣に住んでいたおばさんに、耳と尻尾を見られてしまって」

 マオ君の小さな手に力がこもる。

「化け物って、言われて。……おばさんは僕に石を投げつけて、逃げていきました。それからおばさんは、近所の人にそれを話して」

 私はその出来事を想像し、口元を押さえる。
 ――なんてひどいことを。

 考えただけで、涙がこぼれそうになった。

「信じない人がほとんどだったけど、おばさんは僕を見る度に、大声で騒いで。
家族とか、近所の人に、おかしくなったんじゃないかって、言われて。
それが申し訳ないのと、お父さんは僕を心配して、別の場所で暮らそうと言いました。そうして、この島に引っ越してきたんです」

 マオ君は息を吐くと、肩を落とした。

「僕、ダメな子なんです。また同じ失敗をしちゃいました」
「マオ君は何も悪くないよ!」

 マオ君は膝小僧を抱えて、ベンチの上に小さく縮まる。

「弥生が来たから、お父さんも僕のことがいらなくなったのかもしれません。僕は本当の子じゃないから」

「そんなことないっ! 廉冶さんは、マオ君のこと、大切に思ってるよ!」

 廉冶さんは、誰よりもマオ君を思っている。
 他人でも当たり前に分かるようなことでも、形のないものを証明するのは難しい。

 マオ君の涙から、またほろほろと涙があふれる。

「お父さんはおいしいものが好きなのに、僕は役に立てないです。それにお引っ越し、大変で……迷惑ばかりかけてます」
「廉冶さんがマオ君と一緒にいるのは、役に立つとか立たないとかじゃないよ!」

 どう言ったら、分かってもらえるだろう。