私はぎょっとして、彼のことを呼ぼうとした。
しかしすんでのところで踏みとどまり、ぎゅっと唇を結ぶ。
ダメだ。今マオ君に声をかけると、他の人に見られてしまう。
私はさりげなく周囲を探った。
幸いマオ君がいるのは、園庭の端、園の壁の影になって、よくよく見ないと分かりづらいところだ。
しかし園の周囲には、まだまだ人がたくさんいる。
どうしよう、誰かに見られたら。
私は内心大混乱しながら、どうすればいいのかを考える。
「弥生ちゃん、どうしたの? 顔色悪いよ」
せめてここにいる人たちの注意は、こっちに惹きつけないと!
私は頭が真っ白になりながら、適当なことを口走った。
「あ、あの、皆さん今日の夕飯は何を作りますかっ!」
するとみんな思い思いのことを口にする。
「そうねぇ、今日はカレーかしら」
「いいわね。うちもカレーにしようかしら」
「でもカレーだと、大人用の辛いのと子供用の甘いのを作らないといけないでしょう?」
「そうそう、それが面倒なのよね」
よかった、とりあえず周囲の人たちの注意を惹けたみたいだ。
ほっとした瞬間だった。
悠人君が鋭く叫ぶ声が、園庭に響く。
「化け物だっ!」
そう叫ばれたマオ君は、はっとして尻尾を引っ込める。
さっきまで教室にいたはずの悠人君が、いつの間にかマオ君のすぐ後ろに立っていた。
悠人君に見られたんだ!
私は真っ青になりながら、二人の方へと駆け寄る。
「あの、悠人君……!」
化け物というのがマオ君のことを言っているのだと理解した喜代さんは、ピシャリと悠人君を叱った。
「そんなわけないでしょ! 悠人、どうしてそんなこと言うの!」
怒られた悠人君は、むっとした顔でマオ君を睨む。
「だってあいつ、今尻尾が生えてたもん!」
「何バカなこと言ってるの! 悠人、マオ君に謝りなさいっ!」
「俺悪くないもん! そいつ、今絶対尻尾があった! やっぱり人間じゃないんだよ!」
喜代さんは申し訳なさそうな表情で頭を下げる。
「変なこと言い出して、ごめんね弥生ちゃん。マオ君もごめんね」
「いえ……」
悠人君は悪くない。彼は、見たままのことを言っただけだ。
悪いのは私だ。もっとしっかりマオ君のことを、見ていないといけなかったのに。
マオ君はぎゅっと手を握り締め、それから一人で園の外へと走って行ってしまう。
「マオ君っ!」
周囲のお母さんたちも、心配そうにこちらを見守っている。
「ごめんなさい、私、マオ君を追いかけるので!」
喜代さんは私に着いてこようとする。
「大変、あたしも一緒に行くわ!」
しかし、喜代さんの足に悠人君がしがみついて止めようとする。
「俺は嘘なんかついてないっ!」
私は喜代さんに頭を下げた。
「あの、本当に気にしないでください。それに、悠人君のことも叱らないであげてください。ごめんなさい、また後で連絡します!」
そう言ってから、私はすぐにマオ君を追いかける。
「マオ君っ!」
マオ君は一瞬こちらに振り返ったが、狭い脇道を通り、草むらの茂みの中へ姿を消してしまう。
「待って、マオ君!」