いつものように三人で朝食をとり、廉冶さんは仕事部屋へ向かおうとする。
マオ君はお気に入りのスケッチボードとクレヨンを抱え、廉冶さんに言った。
「絵を描いてきます」
「おう、昼飯までには帰って来いよ。あんまり遠くに行くなよ」
「はい!」
元気よく返事をして、マオ君は走って行った。
「本当に絵を描くのが好きなんだね、マオ君」
廉冶さんが仕事部屋に籠もったので、洗濯物を干すことにした。
私は明るい太陽を見上げながら大きな欠伸をする。
「今日も良い天気だなぁ」
「本当ね」
そう言ったのは、お隣の喜代さんだった。
「ふふ、弥生ちゃんおはよう」
「あ、喜代さんおはようございます」
家の庭と喜代さんのお家の庭は隣同志だから、私が洗濯物を干している時に喜代さんがいると、よく塀ごしにお喋りをする。
今日は喜代さんの隣には、マオ君と同じ年頃の男の子がいた。
彼は喜代さんの息子の、悠人(ゆうと)君だ。悠人君は、白いポロシャツと短パンをはいて、リュックを背負い、黄色い帽子を被っている。これは近くの幼稚園の制服だ。
「悠人君もおはよう」
悠人君は塀から身体を乗り出し、元気よくこちらに手を振る。
「おはよ! なぁなぁ、俺の今日のお弁当、ハンバーグなんだぜ!」
「へぇ、いいなぁハンバーグ、おいしそう。私も食べたいなー」
喜代さんは悠人君の背中をぽんぽんと叩いた。
「ほら、そんなところに乗っかると制服汚れるでしょ。じゃあ弥生ちゃん、またね」
「はーい、行ってらっしゃい」
私は手を繋いで歩く悠人君と喜代さんを見送りながら、ぽつりと呟いた。
「幼稚園かぁ……」
私はいつも一人で絵を描いているマオ君の背中を思い浮かべた。
マオ君って、幼稚園には行かないのかな。
廉冶さんの仕事部屋をそっと覗くと、ちょうど一段落して休憩しているところだった。
「廉冶さん、お疲れ様。お茶でも淹れましょうか?」
「お、気が利くねぇ。頼むわ」
私は湯飲みと急須をお盆にのせ、廉冶さんの部屋に戻った。
今、幼稚園のことを聞いてみようかな。
そう考えていると、廉冶さんが先に口を開いた。
「時間がある時でいいんだけど、ちょっと相談したいことがあって」
「何でしょう?」
「マオを幼稚園に通わせようかと思うんだ」
私は思わず手を打ち合わせた。
「私もそれを相談しようと思ってたの!」
そう叫ぶと、廉冶さんは不思議そうに瞬きをする。
さっきお隣の喜代さんと悠人君が幼稚園に通っているのを見たのだと言うと、なるほどなと納得した。
「でも、あやかしって幼稚園に通えるの?」