それから私は近くのお魚屋さんで、鰆(さわら)を買ってきた。

 身に塩を振ってから切り込みをいれて、しばらく待つ。
 その間に、しょうがを薄切りにする。
 あとはフライパンに水と砂糖、醤油、みりんを入れて煮立てるだけだ。

 魚の煮付けなんて私には難しいかと思っていたけれど、作ってみると意外と簡単だった。
 ふつふつと煮立った鍋から、甘い香りがただよいはじめる。

 それが気になったのか、振り返るとマオ君が柱の陰からじっとこちらを見つめていた。
 耳と尻尾がぴくぴくしている。

 私と目が合うと、さっと隠れてしまった。
 私はクスクス笑ってから、マオ君に声をかける。

「マオ君、夕飯できたから、机に運ぶの手伝ってくれるかな?」

 そう声をかけると、マオ君はまたひょこんと顔を出した。

「……はい」


「廉冶さーん、できましたよー」

 私が声をかけると、仕事部屋から廉冶さんが現れた。

「お、うまそうな匂いがする」

 いつものように食卓について、全員で手を合わせる。
 私は勇気を出して、二人に話しかけた。

「あの!」

 二人はピタリと手を止めて、不思議そうに私に注目する。

「えっと、この料理なんだけど」

「鰆の煮付けだな」

「うん。昔ね、おじいちゃんが私に教えてくれた料理で」

「へぇ、そうなのか」

「うん。この辺りは、鰆がおいしいんだって。
私、小さい頃魚が苦手だったんだけど、この煮付けはすごくおいしくて、思い出に残っていて」

 私は優しいおじいちゃんの笑顔を思い出しながら言った。

「弥生にも大切な人ができたら、作ってあげなさいって言ってたのを思い出したの」

 それを聞いた廉冶さんは、優しげに目を細める。

「そうか」
「うん。お隣の喜代さんに、悩んでいるなら自分の好きな料理を作ったらいいって、アドバイスしてもらって。だから」