私はいつものように通勤電車に揺られながら、夢で見た男の子のことを考えた。
 あの子とは、確か私が八歳くらいの頃、夏休みに遊びに行った、おじいちゃんの家がある島で出会った。

 お祖父ちゃんは、瀬戸内海に浮かぶ小さな島に住んでいた。
 島の周囲は5km、人口も三百人ほど。

 その島は別名猫島と言われるほど、あちこちに猫が住んでいる島で、下手すれば人間の人口より猫が多いような島だ。

 海が近いから、潮の香りが強く印象に残っている。
 狭い坂道だらけのその島にはいたるところで猫がくつろいでいて、猫が大好きな私からすれば天国みたいな場所だった。

 温暖な気候で、住んでいる人の話し方も、時間の流れさえもゆったりしている島だった。

 子供の私は麦わら帽子を被り、島の中を探検して回った。
 島の細い坂道を上っていくと、見晴らしのいい場所に、石造りの鳥居がある。

 鳥居をくぐり抜けると、小さな神社があった。
そして神社の木の陰から、えーんえーんと誰かが泣いている声が聞こえた。
不思議に思って声の主を探すと、男の子がうずくまって泣いている。

「どうしたの?」

 私が声をかけると、男の子は驚いた表情でこちらを見上げた。

 彼を見た瞬間、「あぁ、彼は人間ではないな」と理解した。

 どうしてそう思ったのか、理由はうまく説明できない。そういうものだとしか言い様がない。
 子供の頃、私には二つの力があった。

 一つは、人間ではない不思議なもの――あやかしや幽霊などといった物を見る力。
 そして、もう一つは……。

「ねぇあなた、ケガしているの?」

 そう声をかけると、彼はびくっと身を引いた。
 彼の膝小僧辺りに、赤い血が滲んでいた。

「……別に平気だ」

 男の子は強がってそう言ったけれど、どう考えても彼が泣いていた原因は、そのケガのせいだろう。
 きゅっと口を結ぶけれど、やはり痛いのか瞳に涙が滲んでいる。

 綺麗な顔の男の子だった。
 肌は白く透き通っていて、反対に瞳は深い黒だ。

「ねぇ、じっとしてて」

 私は彼の側にかがみ、膝の近くにそっと手をかざす。

「おいっ!」
「大丈夫だよ、痛くないから」

 いつものように私の手の中に光が生まれ、彼の膝にあったケガは最初からなかったように、消えてしまった。