廉冶さんとマオ君の母親にどんな事情があったとしても、マオ君には当然何の罪もない。

 翌日のお昼、私はもう少しマオ君と仲良くなろうと考えて、家の中を探した。
 マオ君は大人しい良い子だ。
廉冶さんが仕事の時は、邪魔をしないように、いつも縁側で絵を描いている。
襖が閉まっているから、廉冶さんの姿すら見えないけれど、廉冶さんの近くにいるだけで嬉しいみたいだ。
 本当に廉冶さんのことが好きなんだな。

「じょうずだね」

 そう声をかけると、マオ君は両手でさっと絵を隠す。

「僕に取り入ろうとしたって無駄です!」
「別に、そういうつもりじゃないよ」

 マオ君は射貫くような視線を私に向ける。

「……お父さんのこと、好きなんですか?」

 ストレートにそう聞かれた私は、しばらく悩んでから答える。

「実は、よく分からないんだよね」

 すると彼は不思議そうに眉を寄せる。

「分からないんですか?」
「うん。でも、私はマオ君のお友達になれたらいいなって思ってるよ」

 マオ君は、さらに意外そうにパチパチと瞬きをする。

「友達……ですか?」
「そう。いきなりお母さんは無理でも、友達になれないかな?」

「僕、友達がいないからよく分かりません。僕と友達になったら、何かいいことありますか?」
「あるよ!」

 だってマオ君、かわいんだもん!
 元々私、猫大好きだし。
 子猫のマオ君も思わず頬ずりしたいくらいかわいいし、人間になったマオ君も、とてもかわいい。

さすがに自分の子供だなんてまだ思えないけれど、歳の離れた弟がいたら、こんな感じなんじゃないかって思う。

「だから、考えておいてくれない?」

 そうたずねると、マオ君は驚いた様子で逃げて行ってしまった。
 けれど、少し離れた柱の影から、チラリとマオ君がこちらをのぞく。

私と目が合うと、マオ君はハッとした様子で顔を引っ込めた。
もしかして、嬉しかったんだろうか。

 こういうこっちを気にしてなさそうでちょっと気になってる様子は、懐かない猫みたいでまたかわいいななんて思ってしまう。

「マオ君!」

 少し大きな声で叫ぶと、彼の尻尾がぴょこんと柱からのぞく。

「……何ですか?」
「廉冶さんの好物って知ってるかな?」
「……教えません」

 素直じゃない様子は、やはり愛らしい。

「じゃあ、マオ君の好物は? 今日のご飯、マオ君の好きな物を作るよ」

 そう言うと、マオ君は一瞬ぱっと表情を輝かせる。

「僕は……」

 マオ君の好物が聞けるだろうか。そう思って身を乗り出すと、彼はまた顔を引っ込めてしまう。

「い、いりません!」

 マオ君はピンと尻尾を立てて、階段を上がって二階に行ってしまった。
 惜しいな、あともう一押しで言ってくれそうな気がしたんだけど。