試行錯誤しているうちに、三日ほどがたった。

 相変わらず、廉冶さんの食事への反応は今ひとつだ。
 きちんとおいしいとは言ってくれるのだけれど。

 和食を作ったり、洋食を作ったり、変わった材料を使ったりしてみたりするのだけれど、考えれば考えるほど迷路に迷ってしまうみたいだ。

「やっぱり私の料理、おいしくないのかなぁ……」

 夕飯が終わり、縁側で月を見上げながらそんなことを考えていると、後ろから廉冶さんの声が聞こえた。

「ここにいたのか」

 突然廉冶さんに声をかけられ、びくりと心臓がはねる。
 今の声、聞こえていなかっただろうか。いや、いっそ料理に不満がないか、ハッキリ聞いた方がいいのかな。

 彼はお風呂に入っていたらしく、前髪が上がっていて、石鹸の香りがしたので少しドキリとした。

「弥生も風呂に入ってきたらどうだ?」
「うん、もうちょっとしたら入る」

 廉冶さんは隣に腰掛けて空を見ながら、ぽそりと呟いた。 

「順序を追って、か」
「え?」

 何のことだろうと考え、仕事部屋で押し倒されたことを思い出し、顔が赤くなる。

「あ、あの、廉冶さん……!」
「手を繋ぐのは大丈夫か?」

 真剣な表情でそう問いかけてくる廉冶さんは、なんだか緊張しているようだった。

「え? ……うん、大丈夫」

 そう答えると、彼はほっとした様子で、私の手にそっと自分の手を重ねる。
 骨張った指が触れ、鼓動が速くなる。

 もしかして、私に「嫌だ」と言われないかどうか、不安だったのかな。

 そんな顔をされると、少しかわいいと思ってしまう。
 廉冶さんのような大人の男の人でも、緊張することがあるのだろうか。

 二人で手を重ねたまま、遠くで聞こえる波音に耳を傾ける。

「マオ君は?」
「自分の部屋でもう眠ってるよ」
「え、一人で寝ているの? 偉いね。私なんて、中学生になるくらいまで、親と一緒に寝ていたけど」

 そう話すと、廉冶さんはふっと微笑んだ。

「マオは、しっかりしてるから」

 しばらく沈黙が落ち、気になっていたことをたずねてみる。

「廉冶さんは神様……なんでしょう?」
「そうだよ」

「神様って、何をするの?」

「見守るんだ」

「見守る?」
「あぁ。俺はこの島の神様だから。この島の人間を見守る。それが俺の仕事」

「それだけ?」
「そう、それだけ。特別なことはやらない。この島の人間が幸せになれるように、ただ祈るだけ」
「そうなんだ」

 廉冶さんは楽しそうに微笑んで付け加えた。

「まぁ介入しようとしたら、島まるごと破壊したりもできるけどな」
「ええ!?」

 私が驚くと、彼はケラケラと声をたてて続ける。

「そんなことしないけどな! さ、そろそろ寝ようか」

 戸締まりをした後、廉冶さんは静かにマオ君の部屋の襖を開ける。
 私も彼の後ろから、その様子をちらりと覗いた。

「うわ!」

 マオ君の寝顔を見て、思わず叫びそうになる。

「いつもしっかりした顔してるけど、寝顔は天使だよな」

 私は廉冶さんの言葉に激しく同意する。
 起きている時もかわいいけれど、眠っているマオ君は、本当に天使そのものだった。

 そう考え、マオ君の母親のことがまた脳裏に過ぎる。
 他人の私から見ても、マオ君は本当に愛らしい。

 本当の母親だったら、絶対にマオ君の成長を見守りたいはずだ。
 けれど、マオ君の母親の気配は、この家には一切ない。

 マオ君の母親は、どこに行ったのだろう?

 別れたのだろうか。それとも、亡くなった?

「廉冶さん……」

 事情をたずねようとしたけれど、眠っているとはいえ、マオ君本人の前で聞くようなことじゃない。
 私が言い淀むと、廉冶さんは目を細め、顔を傾ける。

「マオは大切な子だ。弥生も優しくしてやってくれ」
「……うん」

 考えを見透かされたようで、ドキリとした。