和哉の遺体が見つかったその日の夜、士郎と和哉は城島家に忍び込んでいた。居間には和哉の遺体をはさんで、川の字になって眠る三人の姿があった。
「和哉」
「わかった!」
和哉は首を縦に振って返事をすると、和哉は自分の遺体にしゅるりと入り込んで姿を消した。士郎は、遺体となった和哉の頭部を両手で慎重に持ち上げ、正座した自分の膝に乗せた。膝枕である。
士郎は和哉の髪を撫でた。
「無事に会えるといいな……」
士郎は小さく呟き、そして、願った。
───夢の中
和哉は無限広がる白百合色の空間を不安気に、ひとり歩き続けていた。
父さん、母さん……。
すると、
「父さん! 母さん!」
和哉は目を輝かせた。視線の先には、目を閉じたまま立ち尽くす和哉の父と母が遠くにいた。何度も何度も呼びかけながら和哉は走って父と母のもとへ急ぐ。
「父さん母さん!」
すると、父と母はゆっくりと目を開き、目の前の和哉の姿を見て目を丸くした。
「和哉!」
「和哉なの⁉︎」
衝動的に三人で抱きしめ合う。和哉は父と母の背中に腕をまわすが、和哉の小さく短かな手では難しく、ふたりの腹の横に手を添えるので精一杯であった。父と母のあたたかな体温感じ、和哉はふたりの胸に頬をすり寄せた。
「うん、父さんと母さんに心配ばかりかけてごめんなさい。あのとき、俺がしっかりしていれば、こんなことにならなかったのに……」
「もういいんだ。和哉はまた父さんたちに会いに来てくれただろ?」
「そうよ! また、会えて嬉しいわ……」
父と母は涙で頬をぬらしながら和哉に笑いかけた。その顔を見て、和哉も涙を流しながら嬉しくて笑顔をつくった。
「俺、父さんと母さんが大好きだよ。だから、もう喧嘩しないで仲良くしてよ?」
父と母は目を丸くした後、互いに顔を見合わせて和哉に柔らかな笑みを向け、深くうなずいた。
「わかった」「わかったわ」
「じゃあ、約束ね」
和哉は小指を出し、武雄と恵子は和哉の小指に絡めた。
「あぁ」「えぇ」
「父さん、母さん、バイバーイ!」
時間切れを知らせる日の光が差し込みはじめ、それに気がついた和哉は父と母に別れを告げて手を振りながら光の向こうへと走って父と母のもとを去った。
「「和哉‼︎」」
目覚めてすぐにがばりと勢いよく起き上がり、夢であったことに父と母は気がついたようだ。
「和哉に、会ったか?」
「えぇ……」
二人の視線が自然と遺体となった和哉に落ちる。そして、父と母は顔を見合わせてふたりは笑い合った。
「ずいぶんと時間がかかってしまったけれど……また、やり直せないかしら」
「てことは、またここに戻ってきてくれるのか⁉︎」
その言葉に父は嬉々とした表情を母に向ける。
「仕方がないわよ、だって和哉のお願いなんだもの」
母は父のその反応と表情に呆れながらも、悪戯っぽい笑みを向けて言った。
「また、必ず二人で暮らそう……いや、三人で、だな」
「えぇ……」
父と母は、穏やかな顔をしていた。
その様子をふたりのそばで嬉しそうに弾けるような満面の笑みで和哉は見つめていたのである。
「どうだった?」
城島家から少し離れたところの公園で待機していた士郎が聞いた。
「兄ちゃん、ありがとう! 母さんは実家で暮らしてて、じいちゃんとばあちゃんがいるけど、父さんはいつも一人だったから心配だったんだ。でも、これで成仏できそうだ!」
「そうか、よかったな」
和哉の頭をくしゃくしゃと士郎は撫でた。
正直なところ、和哉と両親が夢の中で再会できるのかは本当に士郎自身もわからず、一か八かの賭けの運任せであったが、結果的に上手くいってよかったと、士郎は胸を撫で下ろした。
しかし、士郎は心のどこかで根拠のない自信があったが、それは和哉には秘密である。
もうしばらくすれば和哉はじきに成仏するだろう、と士郎は和哉を現世に残し、隠り世へひとり戻ることにした。
隠り世へ戻ってきた士郎は、聞き届け屋を訪れていた。
「お疲れさ~ん。終わったのかい?」
書類が積み上がる座卓の僅かな隙間に頬をつけ、まるで白旗をあげるかのように一枚の紙を摘んでひらひらさせながら忠彦が気怠げに出迎えた。
「はい、滞りなく終わりました」
士郎は淡白に答えた。
「社長~? そんなんじゃいつまで経っても終わりませんよ! 早く書類さばいて下さい!」
「そうですよ! あとがつっかえてるんですから!」
「わ、わかってるって……」
鬼の形相をした職員たちに、忠彦はおろおろし、たじろぐ。
職員も社長と同様に書類をさばいているが、追いつかないくらいに忙しいらしい。そのせいで、忠彦がほんの少しでも休憩をはさめば野次が彼に飛びまくるのである。上司と部下という関係を意識する暇などありはしないし、互いを気遣う余裕もない。
「シロ坊」
忠彦が一枚の書類を士郎に手渡す。忠彦の"シロ坊"呼びに目尻をぴくぴくさせるが、黙って士郎はそれを受け取る。
その書類は、士郎が依頼を受ける際に最初に忠彦から受け取った書類であり、城島和哉の要望が記載されていた。しばらくして、その紙が蒼い炎に包まれて燃えかすをのこすことなく、跡形も無く消えさった。
「任務完了だね」
「はい」
聞き届け屋と居候屋の関係とは、聞き届け屋が死者の話を聞いて、要望をまとめた書類を作成し、その作成した書類が居候屋に渡る。依頼を引き受ける居候屋の職員が書類の一番下にある依頼引受人の蘭にサインをし、書類が再び聞き届け屋に戻る。そして、依頼を達成し死者が成仏すると書類が燃えて消えるという仕組みになっており、その書類が消える瞬間を聞き届け屋と居候屋の依頼引受人で責任をもって見届け、確認するのである。
聞き届け屋は隠り世に住うあやかしであれば、たいてい誰でも出来る仕事であるが、それに比べ居候屋は少々特殊な集まりになっている。
居候屋は、全員"座敷童子"なのである。座敷童子とは、訪れた家に幸福をもたらすあやかしのことである。座敷童子といえども、みなヒトの形をとっているわけでもなく、姿は多種多様である。基本はやはりヒト型であるが、四つ足歩行の動物だったりすることもある。そうであったとしても、意思疎通は普通にできるので、仕事に支障はない。
座敷童子というのは幸運を操れはしない。一種の現象として幸運が舞い込むだけにすぎないのである。
であるから、野球をしようとしたときにバットとグローブをうっかり忘れようが、和哉の遺体が見つからなかろうが、座敷童子という存在がそこに関われば都合よくことが上手く運ぶのである。だが、多少なりとも座敷童子が運ぶ幸運というものは彼らの気持ちが左右することもあるらしく、彼らが『そうなったらいいな』と思えば叶ってしまうこともある。
その場面がよくわかるのは、座敷童子である士郎が和哉を膝枕して士郎が願った時に、和哉と両親が夢で再会できたという事実である。
因みに、居候屋がなぜ十日間と決まっているのかというと、長く滞在すればするほどその家に幸運が舞い込み過ぎ、逆に悪影響を及ぼす可能性があるからである。
「シロ坊、次これね」
忠彦がまた書類を士郎に手渡す。別の者の書類、つまり新たな仕事である。
「了解です」
士郎は書類内容に目を通して承諾し、居候屋へ戻った。士郎を含む七人のうち三人は居候中であり、室内にいたのは四人であった。
「和音、仕事だよー」
士郎は手招きをして呼び、座卓上に一枚の書類を置いた。
「はいはーい! どれどれ?」
四つ足歩行で、首の鈴を鳴らしながらやってきたのは居候屋の職員である雌の琥珀色の瞳をもつ三毛猫──賢木和音である。
和音は士郎のそばに来ると、ジャンプをして座卓に乗り上げる。そして、置かれた書類内容を読んだ。
「狩りの途中で命を落とした飼い猫の依頼、ね。わかったわ! 行ってくる!」
そう言って和音は、書類の一番下にある依頼引受人のサインの代わりに肉球のスタンプを押し、書類を口に咥えて居候屋を後にした。
「きみたち、仕事は?」
士郎は、畳でごろごろする居候屋の職員二人に声をかけた。
「電話待ちよ、多分もうすぐかかってくると思うわ」
「俺も電話待ちっす」
ジリリリリリン……と、士郎の座卓の黒電話が鳴り出した。
受話器を耳に当て、士郎が口を開く。
「もしもし、こちらは『居候屋』ですが?」
こうして彼らは日々慌ただしく? 隠り世と現世に住う者たちが、幸福であるよう願いながら仕事をしているのである。
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実は語呂合わせになっていました。
あと二十九番街も!