大通りを囲むように、歴史ある京都の町家(まちや)──京町家(きょうまちや)が連なり紅葉色(もみじいろ)提灯(ちょうちん)が一軒ごとに飾られている。

さらに、大通りには場ごとに名称がつけられており、『一番街』、『二番街』と続き、それは通りの横幅を(また)ぐくらいの巨大な鳥居に看板をつけたようであり、一際(ひときわ)目立つようになっている。

そこは常に(にぎ)わいをみせており、大阪の商店街を彷彿(ほうふつ)とさせる。

通りを()()うものたちは、あやかしか彷徨(さまよ)い続ける死者かであり、生きた人間はたったのひとりも存在しない。

あやかしとは、人間の想像を遥かに超えた異常現象を引き起こす力をもっており、それらは人間と似通った姿であったり、頭に(つの)をはやした異形であったりとさまざまである。

ここは、現代の日本ではない。京都でもなければ大阪でもない。そういった雰囲気がただよう異世界──(かく)()と呼ばれるところである。

街並みが京都と似ているのは、まだ今よりも"あやかし"という存在が認知されていない時代に多くのあやかしがよく日本へ観光しに来ており、そのとき京町家(きょうまちや)を見て感銘を受けた複数のあやかしが弟子入りしたことが関係しているそうだ。

そんな(かく)()の二十九番街に『居候屋』という変わった店がある。



ジリリリリリン……ジリリリリリン……。



居候屋の一室に黒電話が鳴り響く。がちゃりと音を立てて受話器を持ち上げ耳に当てる。

受話器を取った人物は、黄櫨染(こうろぜん)のショートヘア、瞳は朱色(しゅいろ)の好青年といった印象の男で黒のコートを身につけている。彼は生鷹(おいたか)士郎(しろう)。この居候屋の社長である。

「もしもし、こちらは『居候屋』ですが?」

『おお! シロ坊、仕事だ来てくれ!』

受話器から聞こえてくる声は士郎のものよりかなり低く、歳が士郎より上であることがうかがえる。

「仕事はいいんですが、その"シロ坊"っていうのはやめてもらえませんか? 俺、もうそんなに幼くないんですけど……」

士郎がいらだって目尻をピクピクさせる。だが、話のやりやりからして、親しい間柄(あいだがら)であることは一目瞭然(いちもくりょうぜん)である。それもそのはず、電話の相手は『聞き届け屋』というところの社長であり、彼は仕事仲間であるからだ。

「幼くなくても、俺からしたらシロ坊はいつまで経ってもシロ坊なんだよ」

「意味がわかりません……。まぁいいです、今から向かいますね」

このやり取りはいつまで経っても終わらないだろうと、士郎は早々に話を切ったのである。一つ大きな溜め息を吐いて、士郎は居候屋を出て大通りをはさんだところにある真正面の『聞き届け屋』の暖簾(のれん)をくぐった。

「おぉ! きたか」

その声は、さきほどの電話のものと一致する。黒いスーツに身を包んだダンディーな金糸雀色(かなりあいろ)の瞳をもつヒト型黒狐のあやかしで、彼は西行寺(さいぎょうじ)忠彦(ただひこ)という。

「これ、頼むよ!」

手渡されたのは一枚の書類である。

聞き届け屋とは、未練をのこし、いつまで経っても成仏出来ずにいる死者の言葉を聞き、出来る限りの範囲で願いを叶えるための手助けをする所だ。そして、居候屋とは、未練をのこした死者たちが家族などに伝えたかったことを居候というかたちをとってそれを叶え、これから転生するであろう死者たちそして、死に分かれにより前に進めずにいる生者たちのために不安を払拭もしくは軽減し、心のわだかまりを取り除くための所である。

つまり、手渡されたこの書類には死者の要望が記載されているということである。

ひと通り書類内容を確認した士郎は了承し、一番下にある依頼引受人の欄にサインをした。

「もう来てるから"朝顔"に入ってね〜」

「わかりました」

朝顔とは依頼人の待つ客間(きゃくま)のことである。他にも紫陽花(あじさい)、桜、(きく)といった客間(きゃくま)もあり、それらは全て依頼人の待機場所となっている。