「フン!」

テーブルに突っ伏した私の怒りはすぐに自棄の涙に変わった。最近は四方八方から非難されてばかりだ。

「頭が固くて戦車みたいで、勘違いメイクで、料理したことがないクズで、恋愛できないだけじゃない……」

並べてみると結構多い。

しばらくしてムシャムシャ音が聞こえないことに気づき顔を上げると、小次郎が甲羅に引きこもっていた。たぶん母とやり合う私の大声に驚いたのだろう。

「小次郎、ごめんごめん。びっくりしたよね、ごめんね」

灰色の甲羅を撫でながら謝っていると小次郎が少しだけ動いた。それからそろそろと顔が出てくる。小次郎には申し訳ないのだけど、こうして驚いた時の反応がとても可愛くて笑ってしまう。涙を拭いて溜息をついた。

退職して実家に帰れば母と喧嘩ばかりしてしまうだろう。それに母は生き物が大嫌いだから、小次郎の居場所もないはずだ。実家には帰れない。

「新しい職、探さないと……」

小次郎の扶養主としてしっかり働かなくては。ただしタママートはやっぱり辞めよう。自分にプラスになるとは思えない。
その時、北条怜二の嘲笑が浮かんだ。

『まあ正直、あなたにはかなり厳しい挑戦でしょうね』

退職を申し出たらその後の処理は菱沼ホールディングス人事部が行うことになるから、人事部に一度は行かなくちゃならないだろう。そうすれば絶対、あの男に会うことになる。

「ううう……」

辞める?
辞めない?

「辞めたい……」

でも、辞められない。


タママートかもめ店初出勤の夜は溜息ばかりで更けていった。