もうこれ以上……何も考えたくない。凛太は芋虫が声を発しだした時に芋虫から目を逸らした。目を逸らして天井の赤い光をじっと見た。頭が勝手に体を動かしたという行動だった。きっとめんどくさくなってしまったんだと思う。

 簡単な夢ではなかったのか。バイトをやめるつもりでここに来て、最後も簡単な夢だったはずなのに、今どうして自分はこうして赤い光を冷めた目で見ているのか。

 少しだけ……ほんの少しだけ休むだけだ。少し現実から目を逸らしたらまた戻るから。嫌だけどやらなければいけないから戻る。赤い光を見る凛太の目はぼやけてきていて、赤い光がいくつも重なって見えた。

「助けて……助けてよ」

「あなた喋れるの?声は聞こえてる?」

「私の声が聞こえてるの?喋れる……喋れるよ。私は喋れる」

「うん。聞こえてるよ」

「聞いて……私本当は人間なの」

 春山と芋虫が何やら喋っているのが聞こえる。芋虫の声も若い女の声だった。

「信じてくれますか?」

「うん。信じるよ」

「ありがとう。私を助けて……人間に戻して」

「大丈夫。聞いて。これは夢。ただの夢なの。だから気づいて。あなたが本当の患者さんね」

 凛太はそこまで聞くと、目を一瞬強く閉じてから会話に加わった。

「そうですよ。これは夢です。分かりますか?」

 春山の隣にしゃがんで、よく見た芋虫はまた泣いていた。いや芋虫ではなく人間だった生き物か。芋虫がそう言っていた。

 この芋虫が人間であるなら、これは自分が芋虫にされてしまうというような悪夢だろうか。そういう類の悪夢なら悪夢らしくて、そんな悪夢を毎日見るのなら治療が必要なのも納得がいく。

 けれど、悪夢ファイルの内容はそんなものじゃなかったはずだ。

「夢ですか。たしかにこれは悪い夢。でも私にとっては永遠に覚めることがないかもしれない」

「え、夢だと分かってるんですか?」

「はい。何でそんなこと聞くんですか。そもそもあなたたち誰ですか。私の妄想ではないの。患者って何?」

 凛太達と同じように芋虫も混乱しているようだった。未だに何がどうなっているかは見えてこない。解決に向かっているようで何も終わりに届かない。

「えっと、僕たちは悪夢を治療する病院の者で……今この夢の中に入ってきていて……」

 凛太はありのままのことの経緯を簡潔に話した。事実だけを一つずつ手短に話した。

 芋虫が話を聞く間に、芋虫の涙は流れなくなっていた。相槌を打ちながら話を聞く芋虫は凛太にとっても人間に見えるようになってきた。本当に何かの手違いで悪夢ファイルの内容が違っていたのだと思うようになってきた。

「なるほどなるほど……そうだったんですか。ありがとうございます。大体どういうことか分かりました。ついに本気で私を殺しに来たのか……」

 凛太が話を終えると、芋虫は何か納得したようなことを言って目を閉じた。そして数秒の後、今度は芋虫が真実を説明した。

「私、二重人格なんです。ある時、私の中にもう1つの人格ができて、その人格はどんどん私の中で大きくなっていて私はほとんど表に出れなくなった。私は毎晩夢の中で姿を変えられてもう1人の私に命を狙われてるんです」

 ようやく凛太は頭の中で答えに近づいていくことができた。さらにそれは駆け足での接近だった。

「だから、たぶんあなた達は私を殺すための助っ人としてここに呼ばれたってことだと思います。私はずっとこの安全な家に隠れてますから……信じられないような話だと思いますけど」