「夢の中の園児達が変なんです。毎日ではないのですが頻繁に見る夢の中で、私は現実と同じように保育士として保育園に勤務しているのですが、園児たちの容姿や行動がおかしくなるんです。それは形容しがたいですがとっても恐ろしく……」
準備室で増川が教科書を朗読するかのように感情なく声を出す。
「このままではせっかく夢だった保育士になれたのに1年も経たずに退職してしまいそうです。現実でもいつ夢と同じことが起きるのかと園児と接しているときにビクビクしてしまっています……だって」
「それが、今日の患者さんの悪夢の内容ですか?」
「そう。草部君もバイトを続けるなら、来たらいつもこの紙をチェックするようにしといて」
「はい」
続けるつもりはないけど、一応返事はしておく。馬場院長とは距離を取る必要があるかもしれないがバイトの同僚には愛想よくして問題ない。
「そこの掲示板にいつも貼ってあるから、俺たちは悪夢ファイルって呼んでる。桜田さんなんかはいっつも嬉しそうにこれ見てるよ」
「へー悪夢ファイル。今日は桜田さんはお休みなんですよね」
「うん。今日は2人だね。2人だけど緊張しなくてもいいよ。最悪1人でもこなせる仕事だし」
だったら1人でやればいいのに……。昨日やめさせてくれればよかったのに……。ユウキはそう思って、実際言葉に出そうか迷った。
結果、言うことにした。
「だったら、何で今週シフトに入るバイトが1人になるってのを理由に引き留められたんですかね?」
「それはね、ちゃんと理由あるみたいだよ。悪夢から救い出してくれる人が1人より2人のほうが安心感あるでしょ。だから夢に入るのは2人以上じゃないとダメなんだって。院長が言ってた」
「ああ。そうなんですか」
「だから、患者に声かけるのは草部君にも一緒にやってもらわないといけないから」
「……はい」
22時が訪れて、シフト開始となった。増川が度のきつそうな眼鏡を布で入念に拭いてからかけ直すと、凛太と増川はパソコンが並ぶ患者見守り室に入った。
高い背もたれが付いたデスクチェアにしては質のいいイスに並んで座る。
「まだ悪夢は始まってないみたいだね。まだ眠ってすらないかな」
「そういうのも分かるんですか」
「うん。こういう暇なときにやっておくことになってる雑用がいくつかあるんだけど今日はいいかな。増川君やめるかもしんないんだし教えるのも大変だ」
「あはは。すみません」
凛太はなんて答えていいか分からず苦笑いで返した。
「いいよいいよ。俺個人的にはバイトが増えても増えなくてもどっちでもいいから。ちょっと忙しめではあるけど、俺は暇だしね。ははは」
「これって、もしかして一晩中患者さんが悪夢を見なかったりってこともあるんですか?」
「おお。気づいたね。そう実はそれあるのよ」
「ええ。じゃあ何もしなくていい日もあるってことですか」
「たまにね。そういうときはここで寝たりスマホいじってれば終わり。だから、本当に恐怖さえ乗り越えれば楽ではあるよ。このバイト」
凛太はモニターに映し出される波形を見ながら、今日がそのたまにあるラッキーデイだったらいいのにと思った。ついでに次のシフトでも患者が悪夢を見なければ、容易にこのバイトを終わらせることができる。
「でも悪夢見れないのは患者さんがかわいそうだよね。今日の患者さんだってはるばる鹿児島から来た人だってよ」
「そんな列島の再南端から来てるんですか」
「そうみたい。地元で睡眠治療受けても治らなかったんだって。悪夢ファイルにも書いてある。悪夢専門なんてうちぐらいしかないからな。高い交通費も払って来たのに悪夢見れなくて帰るんじゃ同情しちゃうよ」
増川という男は本当に見た目通りお人よしだ。先輩の人柄が良いというのはこのバイトの救いだ。
「あ、あとこういうのは守秘義務みたいなのであんまり他の人には話しちゃダメだからね」
「はい」
それでも、凛太は今日の患者さんには申し訳ないが悪夢を見ないでほしかった。自分という新人がいるから神様がうまいこと楽ができるように調整してくれることを願った。
しかし、座り心地の良いイスでだらけていると、悪夢を告げる赤い光が無情にも凛太の眼にうつる……。
準備室で増川が教科書を朗読するかのように感情なく声を出す。
「このままではせっかく夢だった保育士になれたのに1年も経たずに退職してしまいそうです。現実でもいつ夢と同じことが起きるのかと園児と接しているときにビクビクしてしまっています……だって」
「それが、今日の患者さんの悪夢の内容ですか?」
「そう。草部君もバイトを続けるなら、来たらいつもこの紙をチェックするようにしといて」
「はい」
続けるつもりはないけど、一応返事はしておく。馬場院長とは距離を取る必要があるかもしれないがバイトの同僚には愛想よくして問題ない。
「そこの掲示板にいつも貼ってあるから、俺たちは悪夢ファイルって呼んでる。桜田さんなんかはいっつも嬉しそうにこれ見てるよ」
「へー悪夢ファイル。今日は桜田さんはお休みなんですよね」
「うん。今日は2人だね。2人だけど緊張しなくてもいいよ。最悪1人でもこなせる仕事だし」
だったら1人でやればいいのに……。昨日やめさせてくれればよかったのに……。ユウキはそう思って、実際言葉に出そうか迷った。
結果、言うことにした。
「だったら、何で今週シフトに入るバイトが1人になるってのを理由に引き留められたんですかね?」
「それはね、ちゃんと理由あるみたいだよ。悪夢から救い出してくれる人が1人より2人のほうが安心感あるでしょ。だから夢に入るのは2人以上じゃないとダメなんだって。院長が言ってた」
「ああ。そうなんですか」
「だから、患者に声かけるのは草部君にも一緒にやってもらわないといけないから」
「……はい」
22時が訪れて、シフト開始となった。増川が度のきつそうな眼鏡を布で入念に拭いてからかけ直すと、凛太と増川はパソコンが並ぶ患者見守り室に入った。
高い背もたれが付いたデスクチェアにしては質のいいイスに並んで座る。
「まだ悪夢は始まってないみたいだね。まだ眠ってすらないかな」
「そういうのも分かるんですか」
「うん。こういう暇なときにやっておくことになってる雑用がいくつかあるんだけど今日はいいかな。増川君やめるかもしんないんだし教えるのも大変だ」
「あはは。すみません」
凛太はなんて答えていいか分からず苦笑いで返した。
「いいよいいよ。俺個人的にはバイトが増えても増えなくてもどっちでもいいから。ちょっと忙しめではあるけど、俺は暇だしね。ははは」
「これって、もしかして一晩中患者さんが悪夢を見なかったりってこともあるんですか?」
「おお。気づいたね。そう実はそれあるのよ」
「ええ。じゃあ何もしなくていい日もあるってことですか」
「たまにね。そういうときはここで寝たりスマホいじってれば終わり。だから、本当に恐怖さえ乗り越えれば楽ではあるよ。このバイト」
凛太はモニターに映し出される波形を見ながら、今日がそのたまにあるラッキーデイだったらいいのにと思った。ついでに次のシフトでも患者が悪夢を見なければ、容易にこのバイトを終わらせることができる。
「でも悪夢見れないのは患者さんがかわいそうだよね。今日の患者さんだってはるばる鹿児島から来た人だってよ」
「そんな列島の再南端から来てるんですか」
「そうみたい。地元で睡眠治療受けても治らなかったんだって。悪夢ファイルにも書いてある。悪夢専門なんてうちぐらいしかないからな。高い交通費も払って来たのに悪夢見れなくて帰るんじゃ同情しちゃうよ」
増川という男は本当に見た目通りお人よしだ。先輩の人柄が良いというのはこのバイトの救いだ。
「あ、あとこういうのは守秘義務みたいなのであんまり他の人には話しちゃダメだからね」
「はい」
それでも、凛太は今日の患者さんには申し訳ないが悪夢を見ないでほしかった。自分という新人がいるから神様がうまいこと楽ができるように調整してくれることを願った。
しかし、座り心地の良いイスでだらけていると、悪夢を告げる赤い光が無情にも凛太の眼にうつる……。