プロローグ
君が眠ってしまうたびに、もう起きないんじゃないか。二度と君の笑顔を見ることができなくなってしまうんじゃないか。って不安になる。でも、君と初めて出会った日から気づいていたのかもしれない。
僕はとある童話の主人公に恋をする……。

第1章眠り姫
大学四年生の春。講義が始まる前の教室は、就職の話しや、大学院への進学の話があちこちから聞こえる。時期を考えれば仕方ないことだと思う。僕もそろそろ就職のことを考えなければいけない。でも、本当は就職なんてしたくない。ずっと自分の夢を追いかけて暮らしたい。だけどそれも無理だ。ぼくはそんな事実を痛感させられるこの教室の雰囲気から逃れるように外に出た。講義が始まるまであと10分…。廊下で深呼吸をしていると、足音が近づいてきた。その足音の主は、少し茶色がかかった髪のショートヘアで、青いスカート、白い生地にカラフルなロゴが入っているTシャツを着てハイヒールを履いている女だった。見たことのない顔なので一年生かもしれない。うちの大学は学生の数が少ないのでだいたいの学生は顔見知りだ。僕がいるこの講義棟は四年生が主に使っているので自分が受ける講義の教室が分からない一年生が迷いこんだのだろう。そんなことを考えていると、「あの、突然すみません。四年生の経済の授業はどこの教室ですか?」と聞かれたので少し面食らった。「この教室ですよ」とさっきまで僕がいた教室を指差す。「教えてくれてありがとうございます。経済学部四年の茅野カエデですもしかして同学年の方ですか?」と聞かれたので「僕は小柴甲星です。経済学部の四年生です」と自己紹介をした。「同級生なんだ!よろしくね甲星くん。これからはカエデって呼んでね」とその女……カエデはそう言った。「わかった」そう言って僕は教室に入ると、カエデも後ろからついてきた。
「大学の教室ってこんなに広いんだ!」目を輝かせながら周りを見渡してカエデが言った。「うちの大学にあんな可愛い子いたっけ?あの二人付き合ってんのかな」そんな声が聞こえたが、僕は気にせず、いつも通り教室の後ろの方の自分の席に座る。教室の後ろの方の席は人があまり座っていないので大学に友達がいない僕にとっては居心地がいいのだ。
「ここが甲星くんの席なの?」そう言いながらカエデが僕の隣の席に座った。「こんな後ろの方じゃなくて前の方に座りなよ。みんなカエデに興味があるみたいだし友達とかできるかもよ?」僕はもう少しで始まる講義のノートを出しながらそう言った。「ここでいいよ。甲星くんの隣がいい」カエデが少しうつむきながらそう言った。変わった人だな……
僕はそう思った。講義が始まる時間になり、教授が教室に入り、講義が始まった。講義の間はカエデと一言も話さなかった。講義が終わるとみんなぞろぞろと教室から出ていく。教室の出入口のところにみんな並んでいるので今、席から立ち上がっても出れないだろう。人が少なくなるまで待つことにした。カエデは僕の隣にまだ座っている。「大学に来るのは初めてなの?」さっきから疑問に思っていることをカエデに質問した。「初めてだよ。病気のせいで今まで大学に来れなかったから起きたときに家でレポート書いたりしてた。」病気だったのか……。
「大変だったね」僕がそう言うと、「別に大変じゃないよ寝てるだけだから」カエデはそう言った。
「寝てるだけってどうゆうこと?」思わず口にしてしまった言葉に少し後悔する。病気のことを聞くのはまずいよな……そう思っているとカエデは「私、童話の主人公なの。王子様のキスで目覚めたりしないけどね!」と笑顔で言った。
この時の僕にはまだ、この言葉の意味が理解できなかった。

第二章眠れる森の美女症候群

この前の講義から約一週間が過ぎた。僕は必要最低限の講義しかとっていないので毎日大学にいかなくてもいい。この前の講義の内容はあまり覚えていないが、カエデのことははっきりと覚えている。カエデは自分のことを「童話の主人公」と言っていた。その言葉がものすごく印象に残っているからだろう。大学につくと、いつもの講義棟にまっすぐ向かう。学食や売店にはたまに行く程度だ。講義棟に入ると目の前に階段がある。階段の踊場から話し声が聞こえた。「君、名前はなんて言うの?講義終わったら俺らと遊ぼうぜ。」どうやらナンパでもしているらしい。僕は特に気にすることもなく階段を上り話し声の方に近づいていく。