月蝶の番人ー蝶の守り人と月夜の巫女姫ー

危機感を募らせた大人達は、長雨とこれから起こるであろう災害を食い止めるため、水の神に生け贄を差し出すことを決めた。

 そう。
 それが、今ここにいる二人なのだ。

 選ばれた理由など、至極単純。

 二人は、生まれを忌み嫌われる双子だったから。

 両親からも疎まれ、里の者達にも疎まれる。

 居場所など、どこにもなかった。

 今回の決定は、二人の厄介者払いだ。

 だからなのだろう、見送る者など誰一人としてない。

 ここに二人して引き摺られて捨て置かれ。
 挙げ句、自分で勝手に生け贄となりさっさと死んでくれ。

 そういうことなのだろう。

 これが、大人か。
 冷酷極まりない。

 けれども、ちっぽけな子供でしかない自分達は声も荒げることも、どうしてと大人達に問うことすらも許されない。

「…………ね、知ってる?
鏡の向こうにある、もうひとつの世界のお伽噺」

「……?」

 ぎゅっと、さらに強く手を握りしめ、唐突に問うた声に、思わず眉間にしわを寄せる。

 そして、片割れの顔を訝るように眺めた。

「何で?」

 一体どうして、こんな時こんな状況で?

 正気かと、訝る片割れの疑問など露ほども知らない彼は、またさらに緩慢に口を開いた。

「カゲロウ。
現世で悲惨な末路を辿った生け贄達が、神様に拾われて、もう一度鏡の向こう側へ輪廻するってお伽噺」

 生け贄の行く末の物語。

 知っている。
 子供達を寝かしつける、寝物語として親が語って聞かせる物語だ。

 自分達は、語って貰えなかった。
 しかし、里の子達がそれを話しているのを聞いたらことがあるから、知っている。

「もし、ね。
そのお伽噺が本当なら……もう一度。
もう一度、同じ時に同じ場所で、巡り逢えるかな?」

 彼は、ゆっくりと俯けていた顔を上げ、少しだけ悲しみの帯びた表情で笑った。

 あぁ、もし。
 もし、そうであったなら。

 もう一度、巡り逢いたい。
 同じ双子でなくてもいい。
 人間でなくとも、鳥でも虫でも構わない。

 同じ世界の同じ時に巡り逢えたなら、それでいい。
 きっと、お互いのことはわかるから。

 だから、願う。
 もう一度、巡り逢えますように――。



 *†*


 月の柔らかな蒼白い光が照らし明かす、その場所で。

 ひらりと、同じ月の光を身に纏う小さな蝶が二匹、ゆっくりと寄り添いながら舞っていた。

 紺色の夜空には満天の星。

 時折優しく吹き渡る風に、ふわりと紅い花びらが無数に舞い上がり、とても美しい。

 その花びらは、優しい月明かりに見守られるように咲き乱れる、彼岸花のものだ。

「可哀想に。
皆と同じ場所には、還れなかったのか……」

 美しいその風景に佇み、蝶を見守っていた青年が静かな声で呟いた。

 ひらひらと舞っていた蝶は青年を見つけたのだろうか、ゆっくりと差し出された手に舞い降りる。

 まるで、舞い疲れた(はね)を休めるかのように。

「おいで。
もう一度お前達の魂が現世に還るまで、俺が守ろう」

 次に転生出来るまで、疲れて傷ついた魂の月蝶を守り、癒すのは、その青年の役目だ。

 神様により選ばれた、『月蝶の守り人』の____。



 その後、生け贄として捧げられた双子の少年の行く末は、誰も知らない――。
 いつも、夢を見る。
 ざあざあと、雑音だけが鳴り響く、ひどく耳障りな夢を。

 夢とは言うものの、いつでも映像はない。
 ただただ、暗闇の中で音が延々と鳴り響くだけだ。

 たまに、地響きのような音も雑音を掻き消すように混じる。
 そして、誰かの金切り声も。

 その夢は、簡潔に言うならば、絶望に満ちた誰かの場面を音だけで表現したようなものだ。

 けれど。
 夢から覚めたら、不思議とすぐに忘れてしまう。
 あんなに嫌な夢なのに、半日の間すら覚えていられないのだ。

 何か、ひどく残酷で、胸の奥がすうっと冷えていくみたいな悪夢を見た気がすると、ただそれだけの居心地の悪い感情として残される。

 でも、気のせいだろうか。
 それはまるで、夢を見た記憶の全てを、何かに(・・・)奪われるかのように思えてしまうのは――。


*†*


 そこは、月の満ち欠けのみが時を告げる、常夜の国。
 またの名を、陽炎(かげろう)という。

 太陽の女神・天照大御神が統べる現世と対極に存在する、月の神・月讀命(つくよみのみこと)が統べる国だ。

「消え()魂鎮(たましず)めは白銀(しろがね)の――……」

 ふいに、思わず聞かずにはいられないほど耳に心地いい青年の声が、(きら)めくような蒼の空間に響いた。

 満天の星のもとに煌々と輝くのは、気高き白銀の満月。

 紺色の夜の空の下でも、目にも鮮やかな色彩の紅が地平線の彼方まで敷き詰められていて、寄せ集められたそれぞれが風に吹かれ、ゆらゆらと、それは優雅に舞い踊って見えた。

 一際強い風が吹くと、紅いひらひらとした小さな何かが、ふわりと無数に舞い上がる。

 それは形は小さくても、とても色鮮やかな花びらだ。

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