かごめでデザートを堪能したわけだが、まだまだお腹は空腹状態。

 色々あり、結局友達になれた雪女の花菜(はなな)や守護についてくれている、座敷童子の真穂(まほ)と一緒にいるわけだが。

 せっかくなら、女子会でもしようと意気込んだものの。美兎(みう)は妖界隈に然程詳しくないので、どの店に行こうか悩んだ。

 火坑(かきょう)楽庵(らくあん)か、妖デパートの鏡湖(かがみこ)。花菜が想いを寄せている、ろくろ首が営むサルーテ。

 最初、美兎がせっかくならサルーテに行こうかと誘おうとしたが。真穂から今日は定休日だと教わったので、がっくしするしかなかった。


「じゃ、じゃあ! 私が働いているお店に来ないかな?」
「マジ!?」
「火坑さんの、修行時代のお店……!」


 行く、絶対行く、と決まり。花菜の案内で袋小路である錦の妖界隈を歩いて。

 楽庵よりは大きいけれど、一見高級お寿司屋をイメージするような店構え。お金は、お金はと美兎は思わず財布を確認しそうになったが、花菜の方からひとつ提案があった。


「美兎……ちゃん。火坑兄さんのお店では支払いってどうしてる?」
「え、と……心の欠片で、だけど」
「じゃ、じゃあ! 師匠達も大丈夫だと思うよ! 妖より人間のお客様、最近どこも少ないし」
「……いいの?」
「うん。妖力とは違う、私達妖の……栄養剤みたいなものだから」
「へー!」


 火坑の店に通って、随分と時間が経ったはずなのに。その理由は知らなかった。彼からは生きる糧、もしくは賃金の代わりとしか聞いていなかったから。

 とりあえず、先に花菜が入って説明をするらしく、少し待つように言われた。


「…………楽養(らくよう)?」


 なんとなく読めた字だが、楽庵と似ていたので、つい頬が緩んでしまう。


「たーしか。火坑が暖簾分けに一字もらったって聞いたことがあるよ?」
「そうなんだ? やっぱり、お師匠さんのお店だから?」
「多分? 真穂もこっちに来るの随分と久しぶりだし?」
「へー?」


 丁寧に掃除がされているが、それだけ歴史があるところなのだろう。花菜の年齢もだが、火坑が妖になってどれくらい経つのか。

 そう言えば、あとひと月程で。彼の生誕日が来てしまう。何か用意しようにも、楽庵に行っていいものか悩んでしまう。

 また、ケサランパサランを引き寄せてしまうから。


「おう、いらっしゃい。花菜から聞いてはいるよ?」
「わぉ?」
「ひぇ!?」


 いきなり、暖簾の向こうから出てきたのは。口の長い犬と言うか狼と言うか。背丈も美兎以上にあって、少し恐ろしかった。

 思わず、美兎は真穂に抱きついてしまう。


「えー、美兎? こいつも怖い?」
「こここここ、こわ、怖くは!」
「あー……なんだったら、人化しようか?」
「大丈夫大丈夫。慣れさせなきゃ?」
「真穂ちゃんぅううう!?」
「本当に大丈夫か?」


 ケラケラ笑いながら、狼ではあっても火坑のような割烹着を着ていて、まるでぬいぐるみを見ているような。そう思うと、ちょっと安心できるかと思いきや、笑うたびに見え隠れする牙が怖い。やはり、怖い。

 花菜は中にいるかと思えば、カウンター席しか無い店にはもう一人、誰かが立っていた。


「らっしゃい。花菜が世話になったって聞いたが?」


 黒、真っ黒。

 けど、目は金色。耳は丸っこくて可愛らしい。

 たしか、動物園で見るような、黒豹だったはず。そういう妖がいるのか、と美兎は驚くと同時に疑問に思うのだった。


「は、はじめ……まして」
「おう。俺ぁ、黒豹の霊夢(れむ)っつーもんだ。お嬢さんが普段行ってる、楽庵の火坑とは師弟関係を結んでるぜ?」
「火坑さんの、お師匠さん?」
「おぅ、花菜は妹弟子で。そっちの狗神だった蘭霊(らんりょう)ってんで、あいつには兄弟子にあたる」
「ども」


 自己紹介をしてもらってから、霊夢に前に座りなと言われたのでカウンターの席に真穂と腰かけていたら。花菜がゴム製の薄い手袋をはめて、髪をまとめた日本料理人のような服装で奥の方から出てきたのだった。


「お、お待たせしました!」
「おう、花菜。えらい吉夢を持ってるお嬢さんを連れてきたな?」
「は、はい! い、色々……ありまして」
「色々?」
「おーめ、まさか。また」
「わーわーわー! 兄さん!」
「…………花菜、今ので台無しだぞ?」
「あ、し、師匠ぉ!」


 そして、だが。

 盧翔(ろしょう)の恋人と勘違いしかけてたことが、師である霊夢達にバレてしまい。盛大にお叱りを受けた花菜は今日、お詫びに霊夢達と共に美兎らをもてなすことになった。

 いつもなら、心の欠片をもらうらしいが、ここは美兎も提案した。


「あ、あの! 火坑さんについて色々知りたいんです! 花菜ちゃんとは、そのお願いもあって友達になったんです」
「!……そうか。件の袈裟羅・婆娑羅達が寄り集まった騒ぎには、お嬢さんが」
「え、お師匠さんも。知って?」
「おう。俺んとこにまで知らせは届くさ? けど、あいつ。俺より閻魔大王に策を授かるとは、少し生意気だなあ? まあ、あっちの方が縁は強いし」


 けど、と霊夢は金色の目を優しく細めた。


「あの?」
「座敷童子の一角まで守護を受けるとか。お嬢さんになら、あいつをやってもいいねぇ?」
「や、やる!?」
「霊夢のお眼鏡にもかなったわけだね!」
「おう。せっかくだ、駄賃と言うか。お嬢さんの心の欠片も見てみたいね?」
「あ、じゃあ……」


 色々気恥ずかしくはなったが、お腹は正直なので彼の前に手を出すと。霊夢が肉球のない黒い手で美兎の手をぽんぽんと叩いた。

 途端、光と共に粒状の何かが現れた。


「ほーう? 時期外れではあるが、銀杏か?」
「これ、銀杏なんですか?」


 ピスタチオに似た殻に包まれたものは、どうやら銀杏であるらしかった。