少し、びっくりした。

 また知らない妖と出会ったこともだが、火坑(かきょう)が怒っていたことも。

 注意することはあっても、一度も怒ることはなかったのに。そんな彼が、一人の妖に対して怒っていた。

 たしかに、相手も相手で。尾行しかけていたとは、犯罪の一歩手前ではあったが。新聞記者だったから、職業柄仕方がないと言うべきか。

 けれど、美兎(みう)をスクープにしたところでなんの意味もないと思うが。

 とりあえず、『かごめ』を出てから。火坑は電車で移動しようと言い、名古屋駅に移動したのだった。


「さて、どこからいきましょうか?」


 響也(きょうや)として人間の姿になってる火坑は、猫人のような涼しい笑顔で美兎に聞いてきた。


「? 響也さんのオススメなんですよね?」
「それもですが。美兎さんのリクエストも聞きたかったもので」
「リクエスト?」
「まだ早いですが、お腹が空いているのなら柳橋(やなぎばし)から行こうかと」
「ん〜……お腹はまだそんなに」
「でしたら、ウィンドウショッピングといきましょうか?」
「はい!」


 ただ、百貨店に行くと。


「あ、美兎ちゃーん!」


 エレベーターで適当に降りた先で、久しぶりに栗栖(くるす)紗凪(さな)と遭遇した。烏天狗の翠雨(すいう)も当然一緒だったが。


「久しいな?」
「その節は、食材を届けてくださってありがとうございました」
「大したことはしてない。……今日は揃って着物か?」
「ふふ。四月以降に京都へ行く予定なので。その予行練習です」
「なるほど」


 去年のようにダブルデートになるかと思いきや、二人は映画を観に行くようで。すぐに別れることになった。


「驚きました」
「ええ、本当に。他にも出会うかもと思ってしまいそうです」
「ふふ」


 それが本当になるかと思いきや、意外にもそんなことはなく。百貨店などでウィンドウショッピングを楽しんでから、柳橋に移動する。

 少し裏通りに面していたので、道で転けないように気をつけた。

 最も、火坑が転けないようにエスコートしてくれたお陰もあるが。


「ここですよ?」
「わぁ……」


 テレビなどで、東京の築地などは見たことはあるが。

 海から遠い名古屋での生鮮市場は初めて見る。とは言っても、今日は休日なので火坑が普段利用する市場は閉まっている。

 代わりに、食べ歩きや小さな食堂のような店があちこちに並んでいた。

 築地でもあるような玉子焼き屋から漂う匂いに、美兎も流石に小腹が空いてきたが。


「ふふ。買いましょうか?」
「うう……」


 腹の虫の音が聞こえてしまったのが、正直言って恥ずかしかった。

 とりあえず、火坑に買ってもらった玉子焼きは。

 少ししょっぱいが、甘くてとても美味しかった。そんな感じに食べ歩きしながら柳橋を回り。

 お茶屋さんでひと息つくまで、美兎達はたくさん食べに食べて。

 着物デートとは言え、服装以外は普通のデートだと思えるくらい、楽しむことが出来たのだった。