たまたま、だった。

 四月(卯月)にほど近く、かと言えまだまだ冷え込む季節。

 歩きタバコが禁止と、人間界ではつい最近決まってしまったので。口寂しいから飴を舐めていたのだが。

 適当に(さかえ)の街並みを歩いていたら、少々驚いた光景を見たのだ。


「ほっほーう?」


 目に入ってきたのは、人間と妖のカップル。

 それ自体は、少々珍しいくらいなので然程驚くことではないのだが。

 気になったのは、妖である男の方。

 妖の人間への変身とも言われている『人化』は、人間のように言うならイケメンとか美女とかがセオリーなのだが。

 その妖は、逆に地味だった。

 いや、めちゃくちゃ地味ではないのだが。人間で言えば、そこそこ顔は整っている方だ。だが、妖となると地味だ。

 だが、一反木綿(いったんもめん)(かおる)は彼の正体を知っていた。

 (にしき)の界隈で、小さな小さな小料理屋を営む、猫と人が合わさったような妖だ。ただの妖ではなく、前世が地獄の官吏だったと言う異例の妖。

 そんな彼の噂はちょくちょく耳にしていたが、まさか本当に恋人が出来ていたとは。しかも、相当な加護をまとっている、可愛らしい人間の女と。

 互いに着物を着ていて、とても仲睦まじく歩いていた。幸せがこちらにまで伝染しそうなくらいに。


「……随分と、かいらしいお嬢さんやんな?」


 しかし、あの絶大とも言える加護はなんだろうか。妖、火坑(かきょう)の加護だけでは、あそこまでいかないだろう。

 少々気になって、ついていこうとしたのだが。気配を隠せていなかったのか、火坑がこちらに振り返ってきたのだ。


「……あ」
「…………」
響也(きょうや)さん?」


 怖い。

 地味だと思っていたが、凄む顔はどこか美しい。

 と、的外れな思考でいなければ。火坑の睨みから逃れられなかったのだ。しかし、人間としての名前が『響也』とはよく考えたものだ。


「……馨さん?」
「…………はい」
「お知り合いですか?」
「ど、どーも」


 まさか、尾行しかけていたのを女性の方は気がついていなかったようだが。

 謝って帰ろうとしたが、火坑に肩を掴まれたので叶わず。


「……場所を移しましょうか?」


 と、火坑が怖い声音で告げたので。

 仕方なく、ついて行くことになってしまったのだった。

 場所は界隈の、喫茶店『かごめ』。

 馨も何回か来ているので、ここのコーヒーが美味しいのは知っている。だが、今は美味しいと思う余裕がなかった。


「そ、そそそ、その!」


 とりあえず、出来心で尾行しようとしたことを謝罪しようと馨は腰を折った。


「尾行しようとして、すんませんした!!」
「え、尾行?」


 女性の方は、まったく気がついていなかったようだ。なので、火坑が怒る前にさらに謝罪するのだった。


「自分、一反木綿の馨言います。そちらの火坑はんの店にも通わせてもらってる……妖電報の記者なんです」
「電報?……新聞記者さんってことですか?」
「砕けて言うと、そんな感じです! ほんま、デート中にすんませんでした!!」
「まったく……好奇心で人のデートを邪魔しようとしないでください」
「ほんま……すんません」


 猫人でも温厚で、滅多に怒ることのない火坑が、本気で怒っている。それだけ、この女性には本気と言うこと。

 再三謝ると、火坑も呆れたようなため息を吐いた。


「電報に、ふざけて僕達のことを書こうとはしませんよね?」
「し、しません!」


 片隅には思っていたが。

 だが、そうしたら彼の店には通えなくなるのが嫌で、ぶんぶんと首を横に振った。


「それなら、よかったです」
「あの……スクープ、にされそうだったんですか?」
「ええ。可能性の話ですが」
「お、おおお、俺は珍しい組み合わせやな〜と気になっただけで!!?」
「けど、可能性があったんですよね?」
「……あい」


 とりあえず、馨は今日誓ったのだ。

 元獄卒だったこの妖を怒らせてはいけないと。詫びに、コーヒー代とかは馨が持つことでお開きとなった。