美兎(みう)は惰眠を貪っていた。

 平日は仕事に仕事。

 恋人の火坑(かきょう)の店に行けるのは癒しだが、最近また仕事が忙しくなっているので行けないでいる。

 あと半月足らずで、美兎が会社に入社してから一年。

 新人のラベルが剥がれるのだ。と言っても、二年目だからとは言えまだまだ新人ではあるが。


「うう〜〜ん!!……今なん……じ、ってもう一時!?」


 夜中ではなく、午後だが。

 相変わらず、週末寝に帰ったら翌日まで爆睡。

 よくないとは思っているが、最近の仕事のスケジュールを考えるとどうしてもそうなってしまうのだ。けれど、それでも空腹は誤魔化せないので、適当にカップ麺とかでも食べるかとストックを漁ったが。

 見事に空だった。


「あ〜〜……他はなんかないかなあ?」


 冷蔵庫や食材のストックを漁ったはこれまたほとんど空だった。まともに買い出しに行けてないから無理もない。

 このやりとりを先週もやったような気がしたが、仕方がない。

 近所のスーパーに行くにも、簡単に身支度は整えようと着替えて、髪を整えていると。インターフォンが鳴ったのだ。


「誰だろ?」


 宅配かな、と。扉の覗き窓を見ると、美兎は腰砕けになりそうだった。


「か……響也(きょうや)さん!?」
「こんにちは、美兎さん」


 恋人の火坑が、人間の姿で香取(かとり)響也になっていて。どう言うわけか、教えたことがないのに美兎のマンションに来ている。驚かないわけがない。


「ど、どうやって……?」
「ふふ。美兎さん、僕は人間じゃないんですよ?」
「あ……そ、ですね」


 以前。火車(かしゃ)風吹(ふぶき)田城(たしろ)の自宅に送った時も。妖だから、と送ることが出来たそうだ。

 なら、火坑が出来てもおかしくはない。


「しかし、美兎さん。すっぴんも可愛いですね?」
「〜〜〜〜!!?」


 そうだった。美兎は今化粧をしていない。これからする予定ではいたが。

 眉毛も、アイシャドウも何もしていない。思わず手で顔を隠そうとしたが、すぐに火坑が手を掴んで阻まれた。


「可愛いと言ったじゃないですか?」
「け、けけけ、けど!? 化粧してませんし!!」
「とりあえず……中に入らせていただいてもいいですか?」
「な、ななな、中も汚いですよ!?」
「僕が掃除しましょうか?」
「ダメです! ちょ、ちょっとだけ待っててください!!」


 なので、服ももう少しマシなのに着替えてから勢いで部屋をざっと片付け。

 どうぞ、と火坑を招き入れた時は、彼は部屋をキョロキョロしていた。


真穂(まほ)さんはいらっしゃらないんですね?」
「さ……最近はお兄ちゃんと会う時間を作るのに。作家のお仕事頑張っているようです……」


 美兎への加護は重ねがけしているが、過ごす時間は以前よりは減ってきた。寂しくないわけじゃないが、美兎の環境も変わってきたので、お互い離れているだけだ。

 彼女と出会う前の、美兎の生活に戻りつつあっただけだから。


「そうですか。あ、ついさっきまで隆輝(りゅうき)さん達と一緒だったんですが。早めのホワイトデープレゼントを作ったんです」


 受け取ってくれますか、と紙袋を差し出してきたので。美兎は嬉しくなって受け取った。

 すぐにコーヒーを淹れる、とはしゃぎそうになったら。後ろから火坑に抱きしめられたのだ。


「火坑……さん?」


 美兎が呼べば、彼は腕の力を強めた。


「ここ最近は、お仕事の関係で店にも来ていただけませんでしたからね? 少し……いいえ、だいぶ寂しかったです」
「…………私、もです」


 ほんのちょっと先なのに、会いたくても会えなかった。

 仕事で誤魔化してはいたけれど、実際は寂しくて淋しくて。

 腕にギュッとしがみつくと、火坑が美兎の顎に手を添えて優しく後ろに向かせた。

 人間の姿なのに、猫人の時のような強い眼差しで見つめられている気分になり。近づいてくる顔を避けることなく受け止めて。

 美兎が限界と言うまで、キスをしていたのだった。

 お返しのフロランタンはプロ並みの出来栄えで、二人で美味しくコーヒーと食べて。

 それでも、まだまだ美兎の空腹が満たされず。火坑が時短の妖術を使って、ささっと残り物で炒飯を作ってくれたので。

 まるで、新婚のようなときめきを覚えた一日になりそうだった。