団体客の予約が入った。

 団体と言っても、この狭い店内にとってはだが。

 昼頃に、恋人の美兎(みう)からLIMEで連絡があり。(くだん)田城(たしろ)真衣(まい)火車(かしゃ)風吹(ふぶき)がお付き合いを始めた。

 今日ランチの時に打ち明けられ、沓木(くつき)と一緒に美兎も火坑(かきょう)とのことを打ち明けたそうだ。

 結果は、田城が秘密を持っていたことにむくれただけだったそうだ。それで、ここに来たいと言い出したので予約となったわけである。

 よかった、と思うと同時に。良い猪肉が手に入ったので、師匠の霊夢(れむ)直伝の角煮でも仕込もう。

 残りは、カレーにでもしてみようか。

 半端な肉とかでカレーを仕込むのは、火坑の密かな楽しみだ。美兎にもいずれ食べさせてやりたいと思っていたので、いい機会だろう。

 角煮を仕込んでいると、匂いにつられたのか早いお着きの客がやってきた。


「やあ」


 入ってきたのは、妖の総大将とも呼ばれている、ぬらりひょんの間半(まなか)だった。

 今月になってからははじめての来訪である。


「少しご無沙汰ですねえ?」
「なーに? あちこちで目出たい出来事があったからだよ。知ってるかい?」
「? なにがでしょう?」


 カウンターに腰掛けたと同時に質問されたが、いきなりの問いかけに火坑はすぐにわからなかった。

 熱いおしぼりを渡せば、間半はさらにいたずらっ子のように微笑んだ。


「この店が。妖と人間の(えにし)。しかも、恋縁を繋ぐ場と化していると」
「……どなたがそのように」
「さあ? 僕も詳しい事情は聞いていないねえ?」


 実際は知っていそうだが、当ててみろと言わんばかりの風態。

 仕方ないので、先付けの牛蒡と蓮根のきんぴらを出した。


「……まさか、情報屋の芙美(ふみ)さんではないでしょうし」
「ふふ。そのまさか。酔った勢いで広めてしまったらしいよ? 自分自身も、『友達』とは言え縁が繋がったからねえ?」
「……はあ」


 いつもは冷静な芙美が。余程、嬉しかったらしい。美作(みまさか)とはまだ友達らしいが、それでも縁が繋がったのを嬉しく思わないわけがない。


「まあ。いいことじゃないか? 種族は違えど、妖と人間の混血児も多々ある。僕の孫もそう言う感じだったしねえ?」
「……それは初耳ですね?」
「まだ最近……と言っても、十年くらいだけど。可愛いよぉー? ひ孫もいいねえ?」


 いつか。

 美兎が火坑と本当の意味で結ばれて。祖先の美樹(みき)のように不老長寿になってしまう。

 その生き方を、これまでは望んでいなかっただろうが。火坑と恋人になってからは、いいと告げてくれた。

 沓木と田城はどうかわからないが、同じ仲間が増えることは嬉しいだろう。まして、同じ場所で働いている先輩後輩だから。


「ふふ、それは喜ばしいことですね?」
「そうだとも。さて、今日の食材はなにがあるかなあ?」
「猪があるんですが。鍋か洋風かで仕込む時間の差が出来ますね?」
「! なら、気分は洋風だねえ? 香ってくる匂いは煮物だけど」
「今日、美兎さんが会社の方と来られるそうなので。角煮を作っているんです。洋風だとカレーになりますが」
「いいね、いいね! 小料理屋のカレーもいいねえ! あ、飲むのは熱燗にしてほしいな?」
「かしこまりました」


 さて、材料は確保しておかないと。この総大将は意外と大喰らいだからだ。