いやはや、嬉しいことだ。

 (さとり)の夫妻がようやく来店出来たのもだが、少しぶりに会う恋人の美兎(みう)が、今日も一段と愛らしいからだ。

 祖先である、美樹(みき)夫人と彼女は色のパーツなどが違う以外は本当に瓜二つだった。ただし、声はいくらか美樹の方が高い。

 妖の妻となり、幾百年も生きているのならば不老ではあっても、一部は老生するだろう。

 そして、今は夫である覚の空木(うつぎ)が。持参した琵琶で演奏と(うたい)を披露してくれている。基本的に店内で音楽などをかけないので、即席のBGMが出来上がった感じだ。

 女性達は彼の演奏と謡にうっとりしていた。火坑(かきょう)もじっくり聴きたいところだったが、仕事は仕事。

 けれど、演奏の邪魔をしたくないのでできるだけゆっくりと。

 調味料を入れた大鍋を沸かして、その後に種を抜いた鷹の爪。美兎の心の欠片を下ごしらえした骨つきの鳥もも肉を、入れて。

 水を加えて、肉の八分目くらいにまで煮汁を調整。これを煮立たせてから味見。

 甘さが少し強い程度で大丈夫。塩辛いとせっかくの煮付けがしょっぱくなるので。それから火を止めて鍋を煽って煮汁と肉を馴染ませる。

 ここで、美樹の言葉を借りるわけではないが現在の調理道具を使う。クッキングシートで落とし蓋を作るのだ。


「まずは正方形に切って、中心から八等分に折り畳んで、天辺と縁を丸く切って」


 広げれば、丸い落とし蓋の完成。

 これを鍋に入れて蓋をして、焦げつかないように似ていくが。ここはいつもの、タイマーを利用した妖術で時短。


「えーと、水飴」


 調味料を置いているところから、水飴の瓶を取り出して。蓋を全部取ってから大さじ2ほど入れる。甘さが勝っているのに入れるのではなく、ツヤと照りのためだ。

 これを十分くらい煮立たせている間に、器、添え物の準備をして。普通にタイマーが鳴ったら、また妖術で煮ふくめさせていく。

 煮付けだが、熱々よりも常温が美味しい一品なので。


「お待たせ致しました。鳥もも肉の煮付けです」


 ちょうど曲が終わったところで声をかけて、カウンターに置けば全員感嘆の声を上げてくれたのだった。


「でっか!?」
「凄い、豪華です!」
「あらあら。とても美味しそう!」
「そうですね。せっかくなので、いただきましょう」


 置いておいた紙を持ち手に包み。少しお行儀が悪いようにも見えるが、誰も言わないのでそれぞれかぶりついてくれた。


「おい」
「しい!」
「柔らかいですね?」
「はい、空木様!」


 幾度か試作したことはあるので、火坑も味はわかっている。日本人好みの醤油が強い甘辛さ。酒とみりんのコクもあり、砂糖ではなくザラメと水飴の甘さが引き立つ。

 妖術で時短はしていても、芯まで染み渡ったその味付けと肉の柔らかさはたまらないだろう。

 まだまだあるので、ひとつだけ後で食べようと決めたのだった。


「ねえねえ? 美兎、と呼んでもいいかしら?」


 美樹が煮付けを半分くらい食べ終えてから、美兎に声をかけた。


「あ、はい。どうぞ」
「ふふ。娘や息子はもう独り立ちして長いから、なんだか孫にでも会えた気分だわ。たまに……だけれど、ここ以外でもお茶しましょう?」


 と言って、使いこなしているのかスマホを取り出して。空木も一緒に、美兎とLIMEのIDを交換するのだった。