仕事納めも終わった晦日間近に。

 美兎(みう)天白(てんぱく)にある実家、湖沼(こぬま)家に戻ることにした。

 年越しと三が日ずっといるわけでもないが、年明けの初詣には先輩の沓木(くつき)と行こうと誘われた。

 それぞれの彼氏、妖の二人も誘って。なので、母には帰宅早々。今付き合っている彼氏が出来たと告げたが。

 これまた、綺麗な具合に口をあんぐり開けたのだった。


「社会人一年目でもう彼氏!? あんたに!? あんたに彼氏がちゃんと出来たの!? いつから!?」
「えっと……先月の終わりくらい」
「ちゃんといい人なの!? 写真は!?」
「あるから落ち着いて!?」
「……ふー」


 無理もない。大学時代の彼氏のせいで、美兎自身が意気消沈したものだから。それだけ男運がなかったので、母から質問攻めになるのも仕方がない。

 とりあえず、落ち着くように兄の海峰斗(みほと)と一緒になって宥めて。事前に携帯に保存してある、人間に変身した香取響也(火坑)の写真を見せることにした。


香取(かとり)響也(きょうや)さんって言って、この人なんだけど」
「どれどれー?」
「兄ちゃんも見たい!」


 と、今は出かけてていない父以外の家族に写真を見てもらうと。二人は、ほーっと声を上げた。


「顔はあいつよりは普通ね?」
「けど、美兎もいい表情してんじゃん。普通って言っても、男の俺から見てもいい人そうだけど」
「お仕事は?」
「えっと……(さかえ)(にしき)で小料理屋さんをやってるの」
「え、そんな歳!?」
「お兄ちゃん酷い! まだ二十八歳だよ!」
「ほー? 俺の二個上か?」


 じゃあ、もし美兎達が結婚したら歳上の弟が出来るのか、とぼやいた事には苦笑いしか出来ない。実際は二個どころか、何百年も歳上だとは言えないからだ。


「…………ツーショットだけど、後ろにあるのって名古屋港の水族館?」
「うん。初デートで連れてってもらったの」
「健全なデートだわね?……ま、美兎もいい顔してるし。今度連れて来なさいよ? あ、料理人さんだったら、お母さんの料理は敵いそうにないけど」
「土日……は休みらしいから、多分大丈夫だとは思うけど」
「うんうん。楽しみにしてるわ」
「ね、ね! 俺も会ってみたい!」


 と言うわけで、美兎の年明けの仕事が落ち着いた土日にしようと曖昧に決めたのだった。

 河童の水藻(みずも)(さとり)空木(うつぎ)とも約束しているが、火坑(かきょう)の店である楽庵(らくあん)で行う予定だから大丈夫。

 特に、空木が湖沼の祖先であると知られたら、父が大層驚くだけですまないだろう。

 ただ一点、思い出したのが。母もだが父も五十代くらいなのに見た目が少し若々しい。であれば、空木の血を受け継いでいるのかもしれない。母と父は同じ父方のいとこ同士らしいから。

 とりあえず、帰宅して来た父も交えて、火坑の話となってしまったが。父は少し難しい顔をしたのだった。


「……本当に、本当に大丈夫な男か?」
「お父さん、聞き過ぎよ? 美兎にもちゃんと写真見せてもらったじゃないの?」
「けどなあ?」
「まあ、親父が聞くのも無理ないよ。俺がぶっ放しておいたあいつのことがあるから、美兎の恋愛事には心配になっちゃうさ?」
「あの時はありがとう、お兄ちゃん」
「今が幸せそうなら、いいって」


 酷い別れ言葉をぶつけてきた、大学時代の元彼についてだが。偶然あの場に居合わせた海峰斗がすぐに頬を殴り飛ばしたのだ。

 自分の妹と言うのと、女性に対して失礼極まりない言葉をぶつけてきたのだ。普段温厚な兄がキレても無理はなかった。

 そうして、湖沼家の年越しメニューは。美兎と母が張り切って作ったオードブルと海老天のかけそばで締めくくったのである。