-side 田島亮-

「田島くん、その大きい箱何...?」

「いや、えっと、これはですね...簡単には説明できない複雑な事情が絡んでまして...」

 裏門で岬さんと合流すると真っ先に俺が今右手に持っているチョコレートケーキについて尋ねられた。まあ、そりゃ気になるよね。普通ワンホールのケーキを持って家に帰る高校生とかいませんよね。

 ちなみに今は運動部が部活中だから他の学生の目は無い。本当に良かった。下校ラッシュの時間帯だったら死ぬほど注目されてただろう。

「複雑な事情?よく分からないけど説明しづらいなら無理に聞かないでおくよ」

「そうしていただけると助かります...」

「ところで岬さん、俺に渡したい物って何?」

 まあさすがに察してるけどな。一応聞いといた方がいいだろう。

「こ、これです...」

 すると岬さんは少し恥ずかしそうにしながら、学生カバンの中からピンクの包装紙に包まれた板のような物を取り出した。

「ほんとは手作りしたかったんだけど実は私料理が苦手で...だからこれ市販のチョコなんだけど...受け取ってくれる?」

 そう言うと岬さんはチョコを俺に手渡してくれた。

「もちろん受け取るよ!ありがとう!」

 受け取らない訳が無い。これが市販の物であったとしても、岬さんが俺にくれたチョコだという事実に変わりは無い。ありがたくいただこう。

 ていうかこの包装紙よく見たら金のリボンついてたり、銀色で英語の文字が書かれてたりしてるんだけど。なんか見た目の高級感すごいな。


 ...え?もしかして俺が今手に持ってるチョコってとんでもない値段だったりする?

 今手元にある物に対して少々恐れを抱いた俺は岬さんにこのチョコがどこで売ってある物なのか聞いてみることにした。

「岬さん、こんな事聞くのは失礼だと思うけどさ、これ結構高いチョコだったりする?有名店で買ったとかそんな感じ?」

「いや、店で直接買った訳じゃ無いの。インターネットでベルギーから取り寄せたの」

「...え?そんな物貰っていいんすか!?」

 ベルギー。思いっきりチョコの本場じゃねえか。絶対これ高級チョコだわ。本当にこんなの貰っていいのか...?

「岬さん、これ貰えるのはめちゃくちゃ嬉しいんだけどさ、本当に俺なんかが貰ってもいいの...?」

「自分のことをそんなに卑下しないでもいいのに。私は渡す相手が田島くんだからこのチョコを取り寄せたんだよ。田島くん以外にこのチョコを渡すつもりなんてないの。だから安心して」

 ...え?俺だけのためにわざわざベルギーからチョコを取り寄せてくれたのか?なにそれめっちゃ嬉しいんだけど。

 でもこの子はなんでそこまでしてくれるんだ?俺そんなに感謝されるようなことしたっけ?

「岬さん、今の発言ってどういう意味なn」

「あ、いや!今の言葉は違うの!いや、違わないんだけど違うの!誤解させるようなこと言ってごめんね!命の恩人だからこのチョコを渡したって意味だからね!他に意味は無いからね!」

 俺がさっきの言葉の意味を尋ねようとすると岬さんは食い気味に返答してきた。なぜか顔を真っ赤にして慌てた様子で話している。え、急にどうしたんだ?

「ん?誤解?他の意味?どういうこと?」

「い、いや、どういうことなのかと聞かれると答えづらいと言うかなんというか...うぅ...」

 そして言葉に詰まった岬さんはさっきよりさらに顔を赤くして俯いてしまった。



 ...なんだろう。今別に前髪を上げてる訳じゃ無いのに普通に岬さんがかわいく見えるんだけど。小動物感があって癒される。なんか急に頭撫でたくなってきた。

「...頭撫でていい?」

「え!?田島くん急にどうしたの!?」

「ごめん、やっぱなんでもない」

 しまった。つい欲望が漏れた。

「...いいよ」

「...はい?」

「だから!私の頭を撫でてもいいよ!」

「へ!?」

 てっきり『もう!冗談はやめてよ!』的な返しがくると思ってたんですけど!? 岬さん、それ本気で言ってるの!?

「ほら!早くして!」

「は、はいぃ!」

 なぜか岬さんが珍しく強気になっている。圧に押されて思わず背筋を伸ばして返事をしてしまった。

 そうやっていつもと様子が違う岬さんに驚いていると、彼女がこちらに頭を向けてきた。

「本当に撫でてもいいんですか...?」

「本当に撫でてもいいのです!さぁどうぞ!」

「そ、そうですか...では失礼します...」

 そして俺は岬さんの頭を撫でた。

「えへへぇ...」

 岬さんはとても気持ちよさそうにしている。

 そして岬さんのサラサラな髪を撫でている俺の方もなんだか気持ちよくなってきた。



 ...なんなの、このかわいい生き物。


 しかし撫でるの自体は気持ちいいのだが、冷静に考えたら今の状況は色々やばい。こんなのずっと続けてたら俺の心臓が持たない。だって俺女の子の頭とか撫でたことねえもん。今も緊張と気持ち良さがごちゃ混ぜになってワケわからなくなってるんだよ。


「岬さん、これいつまで続ければいいのでしょうか...?」

「うーん、私が良いって言うまでかな」

「そ、そうですか...」

 岬さんがいつもと違ってめちゃめちゃ積極的になっている。マジでどういうことなの。ねえ、俺さすがに女の子からこんなことされたら勘違いしちゃいそうなんだけど。

「ねえ岬さん」

「はい、なんでしょうか」

「さっきくれたチョコって本命だったりする?」

「え!?急にどうしたの!?」

 いくら事故の恩人だからといって普通頭を撫でさせたりするだろうか。どうしてもそのことが頭に引っかかる。

 だから俺は撫でるのを止め、さっきもらったチョコの意味を思い切って確認してみた。

「どうして私にそんなこと聞くの...?」

「いや、そういえば一回も義理って言われてないなあと思ってさ」

「それはそうだけど...」

「で、実際どっちなの?」

「...ぎ、義理だよ」

「ですよね!やっぱそうですよね!急に変なこと聞いてすいませんでした!」

 まあ本命なわけないですよね。思いっ切り俺の勘違いだったわけですね。あぁ、恥ずかしい恥ずかしい!

「でも私が男の子にチョコをあげたのは人生で初めてなんだよ」

「え...?」

「じ、じゃあそろそろ夕飯の時間だから私帰るね!バイバイ!」

 岬さんはそう言い残すと小走りでその場去ってしまった。

 え?チョコを渡したのは俺が初めて?

 そんなこと言ってもらえるってことはさ、岬さんの俺への評価が結構高いって思っていいのか? でも義理であることに変わりはないしこれも俺の勘違いかもしれないよな...





 あぁ!結局俺ってあの子にどう思われてんだよ!なんかモヤモヤするわ!