-side 田島亮-
「ウヘヘェ...」
「おい田島、補習中だぞ。何をニヤニヤしてるんだお前は」
「え?俺ニヤついてましたか?」
「自覚なかったのか...」
俺は今空き教室で補習を受けている。今日は柏木先生担当の日だ。どうやら俺は補習中にも関わらず、岬さんからこの後チョコを貰うのが楽しみで気づかぬうちにニヤついてしまっていたらしい。
「田島、何か良いことでもあったのか?」
「内緒です」
「まあ、どうせ誰かからチョコを貰えることに喜んでいるとかそんな感じだろ?」
「先生エスパーですか!?」
「いや、お前が分かりやすいだけだ...しかし、お前ちゃんと青春してるじゃないか。なんだか私も学生時代に戻りたくなってきたよ」
「いや、別に青春ってほどでもないと思いますよ?本命なんて1つも貰ってませんし。あ、今朝1つ本命貰ったかもしれないけどアレは例外というか規格外というかなんというか...」
「はは、もしかしたら義理というのは建前で本命が紛れ込んでいるかもしれないじゃないか」
「いや、多分それは無いっす...ていうか先生がこんな話するの珍しいですね。何かあったんですか?」
「いや、まあ大したことではないんだがな...」
「いいから話してみてくださいよ」
ふはは、先生とおしゃべりすれば楽しいし補習の時間潰れるし一石二鳥だ。
「はあ、仕方ない。話してやるとしよう...」
あれ?意外とすんなり受け入れてくれるのな。断られると思ってたのに。
「いや、今日ってバレンタインデーだろ?私別に誰かにチョコ渡すつもりもないのにさ、今日ずっと職員室で男性教師たちから期待の眼差しを向けられてな...」
「ああ、そういう...」
柏木先生は25歳。天明高校の教師陣の中ではかなり若手だ。おまけに先生はクール系の美人教師。だから男性教師から一目置かれていてもまあおかしくはない。
「学生時代は男子に目を向けられることなんて無かったのにさ、なんで教師になった途端オッサンたちから目を向けられるようになったんだよとか思ってな...」
あ、これ思っていたよりヘビーな話だわ。
「でも先生って美人だから高校時代結構モテてたんじゃないですか?」
「いや、全然そんなことないぞ。高校時代は勉強と陸上以外何もしてこなかったから色恋沙汰なんて全く無かった。あと今はコンタクトなんだが当時の私はメガネをかけててな。地味な風貌で教室じゃあまり目立たない立ち位置だったんだよ」
「なんか意外ですね」
「そうか?まあ、今言ったような特に色気の無かった自分の学生時代を思い出すと田島のことが少し羨ましくなってな。だから私はさっきみたいな話をしたくなったってことさ」
「そういうことだったんですか...でも俺も言うほど青春してないと思いますけどね」
「はは、まあ田島がそう思うならそうなのかもしれないな。でもお前はまだ1年生だ。まだたっぷりと時間が残されている」
「でも多分その時間ってあっという間に過ぎ去るんですよね」
「はは、よく分かってるじゃないか。そう、高校での3年間なんてあっという間なんだよ」
「...」
高校生活はすぐ終わる。
なんとなく頭の中では分かってたはずなのに、いざ言葉にして言い聞かされると少し動揺してしまった。
そして狼狽えた俺は先生の言葉に対してどう返答すればいいのか分からなかった。
俺が返答に悩んでいると先生は少し寂しげな顔をして視線を窓の外へ移し、話を続けた。
「確かに高校での3年間はあっという間だ。でもな、高校3年間で作った思い出って卒業してから振り返ると結構深く刻まれてるものなんだよ。不思議なことに、苦しかった思い出も卒業してから振り返ると『あんなこともあったな』と思って笑えたりするものなんだよ」
「...そういうものですか」
先生は俺に語りかけると同時に自分の思い出を振り返っているのかもしれない。だから少し寂しげな顔になっているのではないだろうか。
「うむ、そういうものだ」
「なるほど...」
「まあ、つまり私がお前に伝えたいのはこういうことだ」
そう言うと先生は窓に向けていた視線を俺の方へと戻した。
「これからの学生生活では後悔しないような選択をしてほしい。自分の気持ちに嘘をつかずに行動してほしい」
「自分の気持ちに正直に...ですか」
「そうだ。その結果辛いことや苦しいことが君の身に起こるかもしれない。でもそれが自分の意思で決めた事ならきっと後悔することはないはずだ。時が経てば楽しいことも苦しいことも全てひっくるめて『良い思い出』になってるさ。だから学生のうちは後先考えずにやりたいことをやるといい」
先生は優しく微笑みながらそう言ってくれた。
俺はなんだか柏木先生が『教師』として、というよりは『人生の先輩』として今の言葉をくれたような気がした。
「はは、まさか先生からこんなに良い話が聞けるとは思いませんでしたよ。なんか熱血教師みたいでした」
「そうか?そんなつもりはなかったんだが...」
「ところで先生って彼氏いるんですか?」
「はぁ!?急になんてこと聞くんだお前は!」
「いや、ふと気になって」
今の話を聞いて改めて思ったが、柏木先生は容姿だけでなく人格も素晴らしい女性だ。なのに色恋沙汰や結婚の噂などが全く無い。だから俺はその辺の事情が少し気になったのだ。
「まあ、その、なんだ。私は今まで彼氏が出来たことは無い...」
「...え?嘘つかなくてもいいんですよ?」
「本当のことだ!」
「マジすか...」
「なんだよ!それが悪いことか!」
先生は頰を膨らませて怒っている。
...先生ごめん、それ全然怖くないから。めっちゃかわいいから。
「いや、先生は悪くないですよ。悪いのは先生の魅力に気づかない世の中の男達の方です」
「なっ...!お、お前!そういう冗談は辞めろといつも言ってるだろ!」
「いや、別に冗談言ってるつもりじゃないですよ」
マジで冗談のつもりは無い。こんな人を放っておく男どもはバカなんじゃないかと思う。
「え!?」
そして俺の言葉を聞いた先生は頰を染め、目を見開いて驚いている。
...あ、やばい。この先生のキョトンとした顔見たらなんかイタズラしたくなってきた。
「先生...」
「な、なんだよ」
「彼氏いないんですよね?」
「そ、そうだけど...」
「...俺じゃダメですか?」
「はぁ!?な、な、な、なに言ってるんだお前!」
「やっぱり生徒はダメですか?」
「き、急にそんなこと言われても...」
俺の真剣な顔(演技)を見て先生は顔から火が出そうなくらい真っ赤になっている。
...仕方ない、これ以上やると本当に先生の顔から火が出そうだしこの辺でネタバラシしておくか。
「...という冗談を言ってみた俺であった」
「お前!やっぱりそうだったか!ふざけるのも大概にしろ!」
「痛い!」
ネタバラシすると柏木先生の全力ゲンコツが飛んできた。
...え?力強すぎじゃね?一瞬意識飛びかけたんだけど。
「このゲンコツで今の冗談は無かったことにしてやる...」
「あ、ありがとうございます...」
俺が先生にお礼を言うと補習時間終了を告げるチャイムが鳴った。
「先生、結局全然授業進みませんでしたね」
「いや、まあいいんだよ。授業なんかより大事な話ができたから」
「はは、確かに」
今時こんなに生徒に寄り添ってくれる先生は珍しいと思う。勉強以外のことを教えてくれる先生って最近なかなか居ないよな。
「先生」
「なんだよ」
「これからもよろしくお願いします」
「え?急にどうしたんだ?」
俺はこの先生に卒業するまでの間ずっとお世話になる気がする。
だから担任の教師であり、尊敬すべき人生の先輩でもあるこの人に改めて挨拶しておきたいと思ったのだ。
「じゃあ俺はこの辺で失礼します」
「おう、また明日な」
そして先生と別れた俺は岬さんが待つ裏門へと向かうことにした。
「ウヘヘェ...」
「おい田島、補習中だぞ。何をニヤニヤしてるんだお前は」
「え?俺ニヤついてましたか?」
「自覚なかったのか...」
俺は今空き教室で補習を受けている。今日は柏木先生担当の日だ。どうやら俺は補習中にも関わらず、岬さんからこの後チョコを貰うのが楽しみで気づかぬうちにニヤついてしまっていたらしい。
「田島、何か良いことでもあったのか?」
「内緒です」
「まあ、どうせ誰かからチョコを貰えることに喜んでいるとかそんな感じだろ?」
「先生エスパーですか!?」
「いや、お前が分かりやすいだけだ...しかし、お前ちゃんと青春してるじゃないか。なんだか私も学生時代に戻りたくなってきたよ」
「いや、別に青春ってほどでもないと思いますよ?本命なんて1つも貰ってませんし。あ、今朝1つ本命貰ったかもしれないけどアレは例外というか規格外というかなんというか...」
「はは、もしかしたら義理というのは建前で本命が紛れ込んでいるかもしれないじゃないか」
「いや、多分それは無いっす...ていうか先生がこんな話するの珍しいですね。何かあったんですか?」
「いや、まあ大したことではないんだがな...」
「いいから話してみてくださいよ」
ふはは、先生とおしゃべりすれば楽しいし補習の時間潰れるし一石二鳥だ。
「はあ、仕方ない。話してやるとしよう...」
あれ?意外とすんなり受け入れてくれるのな。断られると思ってたのに。
「いや、今日ってバレンタインデーだろ?私別に誰かにチョコ渡すつもりもないのにさ、今日ずっと職員室で男性教師たちから期待の眼差しを向けられてな...」
「ああ、そういう...」
柏木先生は25歳。天明高校の教師陣の中ではかなり若手だ。おまけに先生はクール系の美人教師。だから男性教師から一目置かれていてもまあおかしくはない。
「学生時代は男子に目を向けられることなんて無かったのにさ、なんで教師になった途端オッサンたちから目を向けられるようになったんだよとか思ってな...」
あ、これ思っていたよりヘビーな話だわ。
「でも先生って美人だから高校時代結構モテてたんじゃないですか?」
「いや、全然そんなことないぞ。高校時代は勉強と陸上以外何もしてこなかったから色恋沙汰なんて全く無かった。あと今はコンタクトなんだが当時の私はメガネをかけててな。地味な風貌で教室じゃあまり目立たない立ち位置だったんだよ」
「なんか意外ですね」
「そうか?まあ、今言ったような特に色気の無かった自分の学生時代を思い出すと田島のことが少し羨ましくなってな。だから私はさっきみたいな話をしたくなったってことさ」
「そういうことだったんですか...でも俺も言うほど青春してないと思いますけどね」
「はは、まあ田島がそう思うならそうなのかもしれないな。でもお前はまだ1年生だ。まだたっぷりと時間が残されている」
「でも多分その時間ってあっという間に過ぎ去るんですよね」
「はは、よく分かってるじゃないか。そう、高校での3年間なんてあっという間なんだよ」
「...」
高校生活はすぐ終わる。
なんとなく頭の中では分かってたはずなのに、いざ言葉にして言い聞かされると少し動揺してしまった。
そして狼狽えた俺は先生の言葉に対してどう返答すればいいのか分からなかった。
俺が返答に悩んでいると先生は少し寂しげな顔をして視線を窓の外へ移し、話を続けた。
「確かに高校での3年間はあっという間だ。でもな、高校3年間で作った思い出って卒業してから振り返ると結構深く刻まれてるものなんだよ。不思議なことに、苦しかった思い出も卒業してから振り返ると『あんなこともあったな』と思って笑えたりするものなんだよ」
「...そういうものですか」
先生は俺に語りかけると同時に自分の思い出を振り返っているのかもしれない。だから少し寂しげな顔になっているのではないだろうか。
「うむ、そういうものだ」
「なるほど...」
「まあ、つまり私がお前に伝えたいのはこういうことだ」
そう言うと先生は窓に向けていた視線を俺の方へと戻した。
「これからの学生生活では後悔しないような選択をしてほしい。自分の気持ちに嘘をつかずに行動してほしい」
「自分の気持ちに正直に...ですか」
「そうだ。その結果辛いことや苦しいことが君の身に起こるかもしれない。でもそれが自分の意思で決めた事ならきっと後悔することはないはずだ。時が経てば楽しいことも苦しいことも全てひっくるめて『良い思い出』になってるさ。だから学生のうちは後先考えずにやりたいことをやるといい」
先生は優しく微笑みながらそう言ってくれた。
俺はなんだか柏木先生が『教師』として、というよりは『人生の先輩』として今の言葉をくれたような気がした。
「はは、まさか先生からこんなに良い話が聞けるとは思いませんでしたよ。なんか熱血教師みたいでした」
「そうか?そんなつもりはなかったんだが...」
「ところで先生って彼氏いるんですか?」
「はぁ!?急になんてこと聞くんだお前は!」
「いや、ふと気になって」
今の話を聞いて改めて思ったが、柏木先生は容姿だけでなく人格も素晴らしい女性だ。なのに色恋沙汰や結婚の噂などが全く無い。だから俺はその辺の事情が少し気になったのだ。
「まあ、その、なんだ。私は今まで彼氏が出来たことは無い...」
「...え?嘘つかなくてもいいんですよ?」
「本当のことだ!」
「マジすか...」
「なんだよ!それが悪いことか!」
先生は頰を膨らませて怒っている。
...先生ごめん、それ全然怖くないから。めっちゃかわいいから。
「いや、先生は悪くないですよ。悪いのは先生の魅力に気づかない世の中の男達の方です」
「なっ...!お、お前!そういう冗談は辞めろといつも言ってるだろ!」
「いや、別に冗談言ってるつもりじゃないですよ」
マジで冗談のつもりは無い。こんな人を放っておく男どもはバカなんじゃないかと思う。
「え!?」
そして俺の言葉を聞いた先生は頰を染め、目を見開いて驚いている。
...あ、やばい。この先生のキョトンとした顔見たらなんかイタズラしたくなってきた。
「先生...」
「な、なんだよ」
「彼氏いないんですよね?」
「そ、そうだけど...」
「...俺じゃダメですか?」
「はぁ!?な、な、な、なに言ってるんだお前!」
「やっぱり生徒はダメですか?」
「き、急にそんなこと言われても...」
俺の真剣な顔(演技)を見て先生は顔から火が出そうなくらい真っ赤になっている。
...仕方ない、これ以上やると本当に先生の顔から火が出そうだしこの辺でネタバラシしておくか。
「...という冗談を言ってみた俺であった」
「お前!やっぱりそうだったか!ふざけるのも大概にしろ!」
「痛い!」
ネタバラシすると柏木先生の全力ゲンコツが飛んできた。
...え?力強すぎじゃね?一瞬意識飛びかけたんだけど。
「このゲンコツで今の冗談は無かったことにしてやる...」
「あ、ありがとうございます...」
俺が先生にお礼を言うと補習時間終了を告げるチャイムが鳴った。
「先生、結局全然授業進みませんでしたね」
「いや、まあいいんだよ。授業なんかより大事な話ができたから」
「はは、確かに」
今時こんなに生徒に寄り添ってくれる先生は珍しいと思う。勉強以外のことを教えてくれる先生って最近なかなか居ないよな。
「先生」
「なんだよ」
「これからもよろしくお願いします」
「え?急にどうしたんだ?」
俺はこの先生に卒業するまでの間ずっとお世話になる気がする。
だから担任の教師であり、尊敬すべき人生の先輩でもあるこの人に改めて挨拶しておきたいと思ったのだ。
「じゃあ俺はこの辺で失礼します」
「おう、また明日な」
そして先生と別れた俺は岬さんが待つ裏門へと向かうことにした。