-side 田島亮-

 アリス先輩と別れた俺は1年6組の教室に向かうことにした。

 ちなみにアリス先輩から貰ったチョコレートケーキ(特大)は持って歩くだけで目立つので下足箱の中に入れたままにしておいた。ミニチュア冷蔵庫(特注)の中に入ってるし放置してても問題は無いだろう。

 1年6組の教室の中に入ると俺以外の生徒は全員席に着いていた。まあ、アリス先輩となんやかんやあって遅刻寸前だったし当たり前か。

 教室を一瞥した後、俺は窓側の一番前にある自分の席へと向かった。

 俺が席に着くと、後ろの席に座っている翔が俺の隣の席にいる仁科に声を掛けた。

「なあ仁科、お前さっきクラスメイト全員にチョコクッキー配ってたけどさ、亮にはあげないのか?」

 ...え?俺がアリス先輩からサプライズ、というかドッキリを仕掛けられてる間にそんなイベント起きてたの?

 待てよ、もしかしてこれって俺も仁科からクッキー貰えるパターンじゃね?やったぁ!

 そんな期待を込めて仁科の方を見ると、彼女はどこか申し訳なさそうにしながら翔の質問に答えた。
 
「いや、その、実は田島の分は作ってなくて...」

「グハァッ!」

「おい仁科!なんてこと言うんだ!亮が吐血しそうになったじゃないか!」

 え?なんで俺にだけクッキーくれないの?俺こいつに嫌われるようなことした?その辺のクラスメイトよりは俺の方が仁科と仲良くしてるつもりだったんだけどさ、もしかしてそれって勘違いだった?

 俺が1人でダメージを受けていると仁科がさらに話を続けた。

「いや、田島の分を作ってないのには理由があって...」

「え?亮の分だけ作らない理由ってあるか?」

「いや、作ってないというわけでもないというか、なんというか...」

「は?どういうことだ?」

「べ、別に新島に説明する必要ないでしょ!」

「いや、このままだと亮が可哀想じゃん」

「そ、それは...その......うぅ...あー!もう!田島!ちょっとこっち来なさい!」

「ふぇ!?」

 すると仁科は始業式の日と同じように俺の制服の襟を掴んだ。

「おい仁科!始業式の時も思ったけど別に俺の襟を掴む必要なくね!?息できない!苦しい!」

「まーた夫婦喧嘩かい」

「うるさい新島!」

「ちょ、またこのパターンかよ!仁科頼む!頼むから襟を引っ張らないでくれぇぇ!」
 
 そして俺は始業式の日と同様に襟を引っ張られたまま教室の外へと引きずり出された。



 廊下に出るとすぐに仁科が俺に話しかけてきた。

「じ、じつはその...別に田島の分のお菓子を作ってないってわけじゃないの。誤解させるようなこと言ってゴメン」

「...ホンマでっか!?」

「なんで関西弁なのよ...はい、ちゃんとアンタのぶんも作ってきたから。これあげる」

 仁科はそう言うと制服のポケットから小さめの袋を取り出して俺に手渡してきた。

「クラスの皆にはクッキーをあげたけどね、アンタには特別にチョコマフィン作ったのよ」

 よっしゃあぁぁ!女の子の手作りチョコゲットォォ!

「ありがとうございます...!ありがとうございます...!」

「ねぇ、そんなに喜ばれるとこっちも対応に困るんだけど...」

 いやー、最初は仁科に急に嫌われたかと思ったけどそうじゃなくてホント良かったわ。

 あれ?でもなんで俺にだけマフィンくれたんだ?別に俺的には皆と同じクッキーでも普通に喜ぶんだけど。

 少し気になった俺は仁科にその辺の事情について聞いてみるのことにした。

「なあ仁科、なんで俺にだけ皆と違うお菓子くれたんだ?」

「うっ!そ、それは...」

「まさかとは思うけど、これってもしかして本命チョk」

「義理!義理だから!ちょっと特別な義理だから!」
 
 まあ本命なわけないか。

「なんだよ特別な義理って」

「うっ、それは、その...そう!私、夏休み最終日にアンタに助けられたことがあったって言ったわよね?その時の分の感謝も込めてるの。だから特別な義理ってこと!」

「お前なんでそんなに慌ててるの?」

「べ、別に慌ててないから!」

 しかし、『夏休みに助けてもらったから』か。

 俺はそのこと覚えてないんだけど今ここでそれを言うのは不粋だろうな。ここは記憶を失う前の自分に感謝しておくことにしよう。

「まあ分かったよ。マフィンサンキューな」

「...うん!」

 俺がお礼を言うと仁科はとびきりの笑顔で答えてくれた。

 普段は荒っぽい性格なのに急にこういう感じでかわいい顔をされると困る。つい意識して目を逸らしてしまう。

「田島?顔赤いよ?どうしたの?」

「な、なんでもねえよ!」

「そうなの?ならいいけど」

「おい、お前たち、バレンタインデーに甘酸っぱい青春の思い出を残すのは一向に構わないが時と場所を選んでくれないか。そろそろ朝のHRの時間だ」

 仁科と話していると、突然俺の背後から柏木先生が現れた。

「げっ、奈々ちゃん先生!」

「コラ!その呼び方はやめろと言っただろ!」

「痛ぁ!」

 奈々ちゃん先生が怒るのと同時にゲンコツが飛んできた。普通に痛い。

「体罰反対!訴えてやる!」

「じゃあ私は日頃君が言ってくる軽口をセクハラとして訴えることにしよう」

 やばい。普段先生に『かわいい』とか『綺麗』とか言いまくってるのを逆手に取られた。

「俺が悪かったです...」

「分かればよろしい。じゃあさっさと教室に戻るんだぞ」

 そう言うと先生は俺たちを置いて先に教室に入って行った。

「おい、仁科、教室戻るぞ」

 仁科と一緒に教室に戻ろうと思い、彼女に声をかけてみた。しかし、何やら仁科の様子がおかしい。

「田島と...バレンタインデーに...甘酸っぱい...青春の...思い出...」

「おい、お前ブツブツ何言ってんだ?」

「ハッ!田島、今の聞いてた!?」

「いや、声小さ過ぎて全然聞こえなかったわ」

「良かった...」

「なんだ?俺に聞かれたらマズかったのか?」

「い、いや!そういうわけじゃないの!」

 仁科はなぜか頰を染めて必死で取り繕っている。

「なんでお前顔赤くなってんの?」

「うるさい!こっち見んなバカ!」

 仁科はそう言い残すと1人で教室に入ってしまった。

 マフィンくれたかと思えば急に怒り始めたし仁科ってほんと感情の起伏が読めないやつだよな...

 まあそんなところも含めて俺は仁科を気に入ってるんだけどな。

「はは、本当に面白い奴だ」

「田島!さっさと教室に戻りなさい!HRが始まるぞ!」

「はいはい、今行きますよ」

 そして俺は柏木先生の呼びかけに応じて教室へ戻った。



 
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「おい、亮、飯食おうぜ」

「おう」

 午前中の授業が終わり、昼休みに入った。いつものように翔と弁当を食べようと思い、カバンに手を伸ばそうとすると突然携帯が鳴動した。

「やっべ、マナーモードにするの忘れてた」

「おいおい、気をつけとけよ?授業中鳴ったら面倒なことになるぞ?」

「はは、そうだな。午前中鳴らなくて良かったわ...」

 そして携帯の画面を確認すると同じ教室内に居る岬さんからメッセージが来ていた。

『田島くん、もしよければ今日補習が終わった後に裏門まで来て下さい。渡したいものがあります』

 こ、これは...






 今日4つ目のチョコゲットか!?