-side 田島亮-

 本日は2月14日。皆さんご存知バレンタインデーである。

 モテる男はチョコを沢山もらい、モテない男でも『もしかしたら俺も貰えるんじゃ...』とか考えて下足箱の中や机の引き出しの中などをついつい見てしまう、そんな日だ。

 要するに今日という日は健全な男子高校生なら誰しもソワソワしちゃうものなのである。

 もちろん俺もその例に漏れず、ソワソワしちゃってる男子高校生の内の一人だ。ソワソワして落ち着かなかったからだろうか、いつもは遅くまで寝ているのに今日は朝6時に目が覚めてしまった。

 そして特にやることも無かったので1階に降りてきてコタツに入り、今まさに朝のニュース番組を見てるというわけだ。まあぶっちゃけ内容は全然頭に入ってこないんだが。

 いやー、そりゃソワソワするでしょ。記憶を失ってはいるけどその点を除けば俺は一般的な男子高校生だからな。普通に女の子からチョコ貰いたいに決まってるじゃん。

 でもなんか考え事ばっかしてたら眠くなってきたな...うーん、まだ学校行くまで時間あるしこのまま寝よっかな...

「よし、じゃあおやすみ...」

 と、目を閉じようとした時だった。



「え...なんで兄貴こんな早い時間に起きてるの...」

 突如ガラリと開いたリビングのドア。その音に反応して閉じかけていた目を開け、リビングの入り口の方を見てみる。するとそこにはまだ少し眠そうな様子で目をこすっているパジャマ姿の我が妹が居た。

「おはよう友恵」

「あ、うん、おはよう...って、だからなんでこんな早い時間に起きてるの...」

「クックック...男は2月14日に早起きする生き物なのだよ...」

「ああ、そういうこと...兄貴ってほんと分かりやすい性格してるよね...」

「あー、うん。そこまで察してるならもう直接言うわ。今すぐチョコくれ」

「はあ...まったく仕方ないな...」

 するとリビングの入り口に突っ立っていた友恵は冷蔵庫の方へゆっくり歩いて行き、冷蔵庫の扉を開けて中から紙袋を取り出した。

 そして友恵はその紙袋を手に持つと、『あー、寒い寒い』とブツブツ言いながらコタツまで移動し、俺の隣にちょこんと座ってきた。

「...はは、お前って手作りしてたんだな。お兄ちゃん嬉しいよ」

「いや、友チョコ作る時についでに作っただけだから。あくまで副産物だから」

「友恵ちゃんは相変わらずツンデレだなぁー」

「黙れ」

「まあ、そう照れるなって」

「......それ以上余計なこと言ったらコレあげないわよ?」

「すみません私が悪かったです」

「はぁ...じゃあこれあげる」

 すると友恵は少し照れ臭そうに俺から目線を逸らしつつ、紙袋を手渡してくれた。

「サンキューな、友恵。よし、とりあえずこれでチョコ0個は回避っと」

「いや、多分私以外からも貰えると思うけど...」

「...あ? 今なんか言った?」

「いや、別に何も...っていうかそれ溶けるからまた冷蔵庫に戻したら?」

「いや、冷蔵庫に戻したら今ここで受け取った意味が無くなっちまうじゃねえか。というわけで早速いただくとします」

「あっそ。じゃあ好きにしたら?」

 よし、じゃあ友恵の許可も得たことだし早速紙袋を開けるとするとしよう。

「えっと...何コレ」

「トリュフチョコよ。トリュフチョコ。食べたことないの?」

「...ないな」

 少なくとも俺の記憶の中では。

「あっそ。まあとにかく食べてみなよ。一応10個くらい作ったからそんなに遠慮しなくていいわよ」

「...分かった」

 よし、じゃあ試しに一粒食べてみるとするか。

「......なるほど。これがトリュフチョコというやつか」

 え、なにこれめっちゃ美味いんだけど。なんか甘過ぎなくて食べやすい。多分コレ何個でもいけるパターンだわ。


 そしてその後、俺はチョコを食べる手を止まらず、気づいた時には友恵からもらった分を完食してしまっていた。

「ふぅー! 食った食った!!」

「...」

「ん? なんでお前俺の顔ジロジロ見てるの?」

 友恵はなぜか俺を凝視している。

「あ、味の感想の1つでも言ったらどうなのよ」

「ああ、なるほど。そういうことね...」

「で! 味はどうだったのよ!」

「ん? あぁ、めちゃくちゃ美味かったぞ。甘さが適度に抑えられてて俺好みだった。あれならマジで何個でも食えるわ
。今度また作ってくれたら嬉しいな」

「へ、へぇ...美味しかったんだ...」

「まあな」

「......えへへ」

「ん? お前なんでニヤニヤしてるんだ?」

「べ、べ、別にニヤニヤしてないし!」

「顔も赤いようですが」

「う、うるさいバカ兄貴! 私学校の準備あるからもう部屋に戻る!」

「お、おう...」

 そして友恵は自分の部屋に戻って行った。

 ......え、なんで最後俺罵倒されたんだろ。チョコの味褒めただけなのに...


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 友恵からチョコを受け取ってからしばらく経った後、俺は学校に行くために家を出ることにした。

 「ダーリンおっはよー!」

 ......そして家を出ると予想通り渋沢先輩が待ち構えており、俺の腕に抱きついてきた。

「よく毎朝懲りずにウチに来ますね...」

「もう! ダーリン最近素っ気ない! 最初は反応がウブでかわいかったのに! 」

「いや、1ヶ月間毎日腕に抱きつかれてたらさすがに慣れますよ...」

「なるほど、ずっと同じように接してるからいけないのね...ってことは何か変化が必要なのかしら...」

「はい...?」

「ダーリン、1つ提案があるの」

「え、なんですか急に...」

「え、えっとね! 私の呼び方を変えて欲しいの! 渋沢先輩ってなんかよそよそしくない? アリスって呼んでよ!」

「いや、さすがに先輩を呼び捨てにするのは抵抗あるんですけど...」

「ふっふっふ。もちろんタダでとは言わないわ。私のことをアリスって呼んでくれたら、後で私のとっておきの手作りチョコあげるわよ」

「......マジすか?」
 
 な、なに...女子の先輩からの手作りチョコだと...

 この人って性格はちょっとアレだけど美人だってことに変わりはないんだよな。そしてそんな人からチョコが貰える、なんて機会はこの先俺の人生にあるか分からない...

 よし...目先のチャンスは確実にゲットせねば...!

 そして覚悟を決めた俺は、自分の右腕に抱きついている渋沢先輩の目をじっと見つめた。

「...では先輩。今から名前で呼ばせていただきます」

「え!? 急に!? ち、ちょっと待って! まだ心の準備ができてないの!」






「アリス」

「っ...!」

 よし、これでチョコゲットだぜ!



 ...ってあれ? 急に渋沢先輩が俺の腕から離れてしまったんたけど。つーかそのまま俯いて固まってしまったんだけど。

「あのー、先輩...? どうしちゃったんですか...?」

「うぅ...ま、まだ心の準備が出来てないって言ったのにぃ...」

「え、今なんと?」

「こ、心の準備ができてなかったって言ったのよ!!」

 そう言うと、渋沢先輩は耳まで真っ赤にしてからこちらを睨みつけてきた。

「...もしかして照れてます?」

「べ、別に照れてないもん!」

「じゃあなんでそんなに顔赤いんですか...?」

「そ、それは...暑いからだよ!」

「いや...今2月なんですけど...」

「あぁ! もう! ダーリンのいじわる! そんなこと言うんだったらもうチョコあげないから!」

「す、すいませんでした! 前言撤回します! 先輩は照れてません! 顔も赤くなってません!」

「そ、その通りよ!」

「は、はい! その通りです!!」

「...でもね、照れてはないけどね、1つダーリンにお願いがあるの」

「な、なんでしょうか...」

「こ、これからは『アリス』じゃなくて『アリス先輩』って呼んでください...」

「え、えっと、あぁ、はい、わかりました...」
 
 あー、うん。多分この人呼び捨てにされるのが思ってたより恥ずかしかったんだろうな...

「じゃあアリス先輩...遅刻するんでそろそろ学校行きましょうか...」

「そ、そうね...」

 そして俺たちはようやく学校へと歩き始めた。



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 アリス先輩との一悶着の後、10分ほど歩くと校門が見えてきた。ウチの前で長々と話しすぎたせいで遅刻寸前である。



「ところでアリス先輩、そろそろ学校に着くわけですが、いつチョコをくれるんですか...?」

「あ、ごめんね、今渡すことはできないの。だって私今チョコ持ってないし」

「...え、もしかしてチョコくれるって嘘だったんですか?」

「そ、そういうわけじゃないわ! 今手元に無いだけなのよ! 学校に着いたら渡すから!」

「え、でも今手元に無いなら学校で渡すのも不可能なんじゃ...」

「まあ、学校に着いてからのお楽しみってことで!」

「はぁ、そうですか...」

 今手元に持ってなくて学校で渡す...? 本当にそんなことなんてできるのか...?


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 そして先輩の言葉に疑問を持ちながら歩くこと数分。俺たちはギリギリ遅刻せずに学校の正面玄関に辿り着くことができた。

 その後、俺は上履きに履き替えるために1年6組の下足箱の方へ移動しようとしたのだが...

「ふんふふんふふーん♪」

「え、えっと...アリス先輩? 先輩は2年生ですよね? なんで1年6組のところに来てるんですか?」

 なぜか学年が違うアリス先輩がウチのクラスの下足箱まで付いてきたのである。

「え、なんでってチョコ渡すためだけど。そんなことよりほらほらダーリン! 自分の下足箱を見てみて!」

「はい...? いや、まあ見るのはいいですけど...」

 そして俺はとりあえず先輩の指示通り『田島亮』と書かれたネームプレートの下にある自分の下足箱を見てみる。

「え、なんなの...なんなのアレ...」

 半開きになっている俺の下足箱の扉。その中からはみ出ている謎の水色リボン。どうやら俺の下足箱の中には大きな箱が入っているようだが...

「先輩...? あれなんですか...?」

「ふっふっふ! よくぞ気づいてくれた! あれが私のとっておきの手作りチョコ! ワンホールのチョコレートケーキよ!」

「あっはっは、なるほどなるほど。ワンホールケーキですか......って、いやいやいやいや!! おかしいでしょ! なんてモノ学校に持ってきてんですか! もうちょいサイズ考えて下さいよ!」

「うぅ...そんなに怒らないでよ...私のダーリンへの愛の大きさを知ってもらうために一生懸命作ったのに...ぐすん」

 しまった。あまりにも衝撃が強すぎてつい強めの口調になってしまった。先輩が怯えて涙目になっちゃってる。

「す、すいませんでした先輩! つい驚いて言い過ぎました! 俺、こんなに手の込んだものをもらえるなんてとても嬉しいです! ありがとうございます!」

「ほ、ほんとに!? えへへ...喜んでもらえて嬉しいな!!」

 アリス先輩はその場でピョンピョン飛び跳ねて喜んでいる。

 ...なんか犬みたいでかわいいな。



「あ、そうだ。アリス先輩、ケーキをくれたのは嬉しいんですけど、コレって冷蔵しとかないとマズくないですか?」

「あ、それは心配しなくていいよ。その箱自体がミニチュアの冷蔵庫になってるから」

 ...は?

「え、えっと...それどういうことですか?」

「パパの知り合いに電化製品会社の社長がいてね。パパを通してその社長さんに頼みこんで会社に居る研究員の人たちを総動員してもらったの。その人たちにこの箱を作ってもらったわ!」

「えぇ...そんなことしてたんすか...」

 いや、大掛かり過ぎない? この前のRBIの裁判なんか比にならないくらい大掛かりじゃん...

 つーか...その話、絶対裏で大金動いてるだろ。なんか怖くなってきたんだけど。




「よし、じゃあ私そろそろ教室行くね! あ、後で味の感想聞かせてもらうから! それじゃあバイバイ!」

 そして用を済ませたアリス先輩は自分のクラスの下足箱の方へと向かって行った。

 はぁ...アリス先輩からチョコ貰えたのは嬉しいけど、なんか朝からドッと疲れたな...学校来たばっかだけどもう帰りたくなってきたかも...
 

「つーか...」







 このデカイケーキどうやって教室に持っていけばいいんだよ...