-side 田島亮-

 今、俺と翔の戦いの火蓋が切って落とされた...

「じゃあ注文を聞こうか」

「『マイヒーロー』のチケットを2枚くれ」

「2枚...? お前誰と来てるんだ?」

 ふっ、予想通りの質問だぜ。

「従妹だよ。あそこにいる子だ」

 そして俺はここから10mほど離れたベンチに座っている岬さん(前髪上げバージョン)の方を指差した。

「なんだと...お前...あんなにかわいい従妹がいたのか...」

「はは、まあな」

「かわいい従姉妹とデートか......ふっ、良いネタもらったぜ...」

「ん? 今お前何か言ったか?」

「いやぁ、別にぃ?」

「なんだよそのムカつく顔...まあいいや。とりあえずチケットくれ」

「分かった分かった。ほらよ。『マイヒーロー』2人分だ。楽しんでこいよ」

「おう、じゃあまた明日学校でな」

「ああ、また明日学校で...っておい、あそこにいるお前の従妹ちゃんさ、なんかチャラい感じの奴らに絡まれてね...?」

「はぁ!?」

 翔に言われてベンチに居る岬さんの方を確認すると、確かに翔の言う通り彼女は2人のチャラ男に囲まれていた。2人とも結構背が高いので岬さんがかなり怯えているように見える




 ...ってこれ完全にナンパじゃねぇかぁぁぁ!

「すまん翔! また明日な!」

 翔に雑に別れを告げて岬さんの元へ超高速早歩きで向かう。とにかく今は一刻も早く岬さんの救出に向かわなければならない。

 ...あぁ! もう! 走れないのってマジ不便だわ!


-side 岬京香-

『岬さん! お願いがある! 申し訳ないけど5分間だけ前髪上げて眼鏡外しといてくれない?』

 どうして急にこんな指示が来たのかな...

 人の目がある中で顔を出すのなんて久しぶりだからどうしても落ち着けない。私の人目を怖がる性格はそう簡単には変わらないのよ。

 それにしても顔を出してから男の人たちが私の方をジロジロ見ているような...

 うぅ...ただでさえ視線が苦手なんだからやめてほしいなぁ...

 と、思って俯いていると突然知らない男の人たちが私の元へ近づいてきた。

「ねえ、お嬢ちゃんもしかして1人?」

「俺たちと遊ばない?」

 私に声をかけてきたのは耳にピアスをした背の高い男の人たちだった。

「い、いや、私は今1人じゃないんです...」

「え? 何? よく聞こえないよ?」

「いいから俺たちと遊ぼうぜ! な!」

「うぅ...」

 知らない男の人から声をかけられるのなんて初めてだから怖くて上手く声が出ない...

 どうしよう...! こんな誘い、すぐに断らなくちゃいけないのに...!

「ねぇ、断らないってことは俺たちと遊ぶのが嫌じゃないってことだよね?」

「よし、じゃあ俺たちと一緒に楽しいとこ行こ!」

 すると2人組のうちの1人が私の腕を掴んできた。

「や、やめて下さい!」

 どうしよう、このままじゃ本当にこの人達につれていかれちゃう...!

 ...と思って半分諦めかけた時だった。

「はいはい、お兄さんたちー、この子俺の連れなんすよ。だからさ、その手さっさと離してくれない?」

 突然田島君が現れて私を捕まえている男の人の腕を掴んだ。

「あぁ? なんだテメェ?」

「いや、だからこの子の連れって言ったじゃん。話聞いてました? 耳ついてます?」

「テメェなめてんのかオラ!」

「いや、あんたらをペロペロ舐めまわすとかありえねえから」

「そういう意味じゃないわボケェ!」

「田島くん...」

 田島くん、助けに来てくれたのは私とても嬉しいの。本当にありがとう。

 でもね、冗談言うにしても時と場所考えようよ...

「お前な、あんまりふざけた態度とってると痛い目見るぞ?」

「え、もしかして暴力沙汰起こす気ですか? それあんまりおススメできないなぁ」

「あぁ?」

 田島くんは自分よりも大きい男の人たちに対しても怯まずに落ち着いて話している。

「いや、うちの父親弁護士なんで。路地裏とかに連れ込んで俺を殴ったりするのは構いませんけど...多分その後かなり面倒なことになりますよ?」

「ハッ! そんなのでまかせだろ!」

「まあ疑うのは勝手っすよ。でも今から父に電話することもできるんですよ? 事務所がここの近くにあるから多分すぐに来ると思いますけどそれでもいいっすか?」

「...チッ、クソが。おい、これ以上ここにいたら面倒な事になりそうだ。もう行くぞ!」

「あいよ」

 すると田島くんと2人組は少し不満気な表情を浮かべながら映画館から出て行った。

 よかった...助かったみたい...

 あ、そうだ! 田島くんにお礼言わないと!

 そう思って田島くんの方を見ると、彼の手は震えているように見えた。

「はぁ...ビビったぁ...」

「田島くん大丈夫? どこか調子悪かったりする?」

「え? あ、これはその...実はあいつらと話してる時にビビってると思われないために虚勢張ってまして...親父が弁護士って言うのも真っ赤なウソなんだよね。ははっ、今さら手が震え始めたよ」

「えっ...」

 さっきは落ち着いて堂々と話していたから田島くんは度胸がある人なんだと思ってた。でもそうじゃなかったんだ。

 田島くんは私を助けるために恐怖を押し殺して自分よりも強そうな人たちに立ち向かっていたんだ。

 私はさっき怯えて何も言うことができなかった。でも田島くんは恐怖に打ち勝ったんだ。




 --だったら...私も変わらなくちゃいけないかな...



 さっきの勇ましい彼の姿を見てそう思う。いつまでも人目を怖がっていたら私はこのまま変われないし、恐怖を克服できなかったら私はこれからも人と関わることができないままだ。

 ...だから今この瞬間から少しずつ変わる努力をしよう。

 そして覚悟を決めた私は前髪を上げた状態のまま田島くんの目の前に立った。

「え、岬さん!? 急にどうしたの!?」

 ふふ、私の突然の行動に田島くんはとっても驚いているみたい。

「あのね、私、田島くんに伝えたいことがあるの。これだけは顔を隠さずに伝えておきたいことなの」

 そして私は田島くんを見上げ、今出来る精一杯の笑顔を作りながら彼に告げる。

「田島くん、私を助けてくれてありがとう! とってもカッコ良かったよ!!」


「...!」

 私のヒーローに顔を隠さず素顔のまま笑顔で感謝を伝えること。これを私が変わるための努力の一歩目にしよう。


-side 田島亮-

 今俺は岬さんと2人並んで映画を見ている。

 ちなみ『マイヒーロー』はヒロインを交通事故から庇った主人公が記憶喪失になり、その時の事故がきっかけで主人公とヒロインが恋に落ちるところから物語が始まる映画だった。うん、なんかどっかで似たような話聞いたことある気がするが、それは気のせいだろう。

 ...友恵はどんな気持ちで俺たちにこの映画をおススメしたんだ? ぶっちゃけこれって俺と岬さんが恋に落ちる的な物語の映画なわけじゃん?

 なんだよそれ。気まず過ぎるだろ。どんな気持ちで見ればいいんだよ。友恵め、帰ったらお仕置きだ。

 あとさ、さっきから映画の内容が全く頭に入ってこないんだよね。まあその原因はハッキリ分かってるんだけど。

 ...俺が映画に集中できない原因。それは劇場に入る前に岬さんが俺に見せてくれたとびきりのスマイルである。



 俺ってさ、この子が素顔のまま笑ったのを初めて見たんだよね。なんか、その、うん。破壊力が尋常じゃなかった。

 人間ってさ、普段見えないものを見た時に興奮を覚える生き物じゃん? だから俺は岬さんの前髪上げバージョンを見ただけでちょっと嬉しくなっちゃうんだよね。


 それに加えて太陽のような笑顔で『ありがとう!』って...いや、めっちゃかわいかった。マジで今ちょっとでも気を抜いたらニヤニヤしてしまうわ。

 なんかアレだな。どっかのハンバーガー屋が『スマイルは無料』とか言ってたが、岬さんのスマイルにはお金出したくなっちゃったわ。



 ...いや、ちょっと待て。こんな浮わついた心持ちでデートを続けるのは岬さんに失礼だろ。一旦落ち着け俺。

 よし、こういう時は円周率を唱えて落ち着こうじゃないか。

 3.14......



 あ、やべ。俺バカだからこの先分かんねーわ。

 
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 やべぇ...映画終わったけど結局内容全然頭に入らなかった...

 つーか岬さんも気の毒だよな...こんな映画を友恵オススメされるなんて...内容が内容だし全然面白くなかっただろうな...

 などと考え、岬さんの様子が気になった俺は隣の席にいる彼女の方を見てみた。

「ぐすっ...」

 ...え? 今目が隠れてるからよく分からないけどさ、もしかして岬さん泣いてらっしゃる...?

「...岬さん?」

「あ、ごめん田島くん! 感動して泣いちゃって...そろそろ出ないといけないよね! すぐ準備するね!」

 え? この映画って感動系のやつだったの? なんだよそれ...俺そういうの好きだからちゃんと見れば良かったな...



-side 岬京香-

「雨降ってるね...」

「ですね...」

 映画を見終えて天明高校前駅に帰ってきた私たちを待ち受けていたのは土砂降りの雨だった。

 もう、なんで雨なんか降ってるのよ...天気予報は晴れだったのに...

 映画の内容は私と似た境遇のヒロインが田島くんと似た境遇の主人公と結ばれるみたいな物語で最高だったし、帰りの電車の中では結構田島くんと話せたから今日は気分良く帰れると思ったのにな...まさか雨が降ってるなんて...



「あのー、岬さん」

「ん? なに?」

「そ、その...濡れて帰るのって嫌だよね?」

「うん、それはそうだけど...」

「俺、一応折りたたみ傘持ってるんだけど...一緒に入る?」

「え、ほんとに!? 田島くん傘持ってるの!?」

「母さんが常に持っとけってうるさくてさ。いつも持ち歩いてるんだよ」

 すると彼は肩に掛けていたバッグの中から折りたたみ傘を取り出した。

「だからそのー、これって折りたたみ傘にしては結構デカイからさ、岬さんが嫌じゃなければ2人で入ろうかなって思ったんだけど...どうする?」

「入ります」

「即答!?」

「い、いやその! やっぱり濡れるのって嫌だから! だから即答しちゃったの!!」

 ってこれ田島くんと相合傘するってことよね!? そんなことをしたら誰かに見られて噂されたりするんじゃ...
 
「あのー、田島くん? 私の家って天明高校の真裏じゃん? だからその...2人で傘に入って歩いてる所を他の人に見られたら変な噂をされたりしちゃうかもしれないけど...大丈夫かな?」

「あー、それは心配いらないと思うよ。今日は日曜だから学校にいる人少ないし、今雨降ってて外練してる部活も無いみたいだからさ、他の奴に見られることは無いと思う」

「な、なるほど...」

「まあ...どうしても心配なんだったら岬さんに傘を貸して俺が早歩きで帰るって感じでも良いけど」

「いや、さすがにそれは申し訳ないよ! それに私、別に噂なんて全然気にしないよ!?」

 噂なんてどうでもいい。むしろ田島くんと噂されるなんて嬉しいくらいだ。だって他の女が寄りつけなくなるし。

「...へ? そうなの? だったらあの時普通にチケットを買えばよかったな...」

「ん? チケット?」

「いや! なんでもないよ!」

「そうなの...?」

「よ、よし! じゃあ早速家まで送るよ! ほら、入って!」

 すると田島くんは折りたたみ傘を開き、その中に私を呼び寄せてきた。

 よ、よーし...! 入るぞ...! ちょっと緊張してきちゃったけど入るぞ...!

「じ、じゃあ失礼します...」

 そして覚悟を決めた私は思い切って傘の中に入った。

「よ、よし、じゃあ行こうか」

「う、うん...」

 そして田島くんの合図に合わせて2人で歩き始める。

「...」

「...」

 ...ドキドキし過ぎて会話どころじゃなーい!


 どうしよう、距離が近過ぎて目も合わせられない。一緒に歩いてるだけで幸福感とか緊張とかで心がぐちゃぐちゃになってしまいそう。

 でもたまには私から会話を始めた方がいいわよね...だって今日は田島くんから話しかけてくれることが多かったんだもん...

 と思って田島くんに話しかけようとした時だった。

「きゃっ!」

「あっ! ご、ごめん!」

 近付き過ぎて田島くんの左肩と私の右肩が触れてしまった。

 うぅ...もうダメ。ドキドキが止まらない。やっぱり話しかけるのなんて無理かも...だってこのままじゃ私の心臓がもたない...

「岬さん、今日はすげぇ楽しかったよ」

「え!? う、うん! 私も楽しかったよ!」

「それと今日はいきなり前髪を上げさせたりしてごめんね。岬さん、多分嫌だったよね。結果的に変な奴らにも絡まれることになってしまったし。本当にごめんね」

「いや、謝らなくても大丈夫だよ、田島くん。私は全然気にしてないから。きっと何か事情があったんでしょ? それに変な人たちに連れていかれそうになった時は田島くんが私を助けてくれたじゃん。田島くんは何も悪くないよ」

「はは、岬さんは優しいんだね」

「...いや、そんなことないよ」

 うん、そんなことはない。きっと私なんかよりよっぽど田島くんの方が優しい。

 だって今も田島くんは私が濡れないように傘を少し私の方へ寄せて歩いてくれてるんだもん。自分の肩は濡れているっていうのに。

 そして今日田島くんは会話が苦手な私に積極的に話しかけてくれた。沈黙が流れないように必死に頑張ってくれた。怖い人たちから私を助けてくれた。そして...



 --命をかけて車から私を守ってくれた。
 



 私はこんなに優しい人を見たことがない。こんなに他人のために行動できる人を他に知らない。

 だから...私なんかより田島くんの方が絶対に優しい。




「...」

「...」

 会話が途切れ、再び沈黙が流れる。

 傘に当たる雨の音。濡れた地面から『ピチャピチャ』と鳴っている私たちの足音。

 そしてどんどん高鳴っていく私の心音。

 今私に聞こえてくるのはそんな音だけ。私たちの間には、ただただ沈黙が流れているだけ。

 --でも私はこの時の沈黙を悪いものだと思わなかった。

 雨の中好きな人と同じ傘に入って歩く。それだけで私はとっても幸せで。

 この時間を会話して楽しむのも良いことだと思うけど、それでも沈黙の中で彼が隣に居るというこの瞬間を実感しながら歩くのも楽くて。

 自分の胸の音を聞きながら好きな人の隣を歩くだけで。それだけで頬が緩みそうになってしまうの。

「あ、岬さん、着いたよ」

「えっ!?「

 彼に呼びかけられて現実に引き戻される。どうやら私は田島くんを意識しすぎて、自分の家にたどり着いたことに気づかなったみたいだ。

 そっか...もう着いちゃったんだ...

「岬さん、今日は誘ってくれてありがとう。すっげえ楽しかったよ」

 そう言って親指を立てながらニッコリと私に微笑みかけてくれる彼。

 その笑顔がとっても眩しくて。彼の顔からどうしても目が離せなくなっちゃって。

 私は雨が降ってることさえ忘れちゃいそうになる。

 ......あぁ、そうか。


 --きっと私はこの笑顔に恋をしてしまったんだ。


「ん? 岬さん? 俺の顔に何かついてる?」

「い、いや、そういうわけじゃないの!」

 うわ...なんか気づいたら田島くんの笑顔に見惚れちゃった...

 今絶対変だと思われたよね...うぅ、恥ずかしいよ...もしかしたら顔が赤くなってるかも...

「よし、じゃあそろそろ俺は帰ろうかな。じゃあまた明日!」

「う、うん! また明日ね!」

 そして帰り際の挨拶を済ませた田島くんは私に背を向けて雨の中を歩き始めた。



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「おかえりなさいませ、お嬢様」

「うん、ただいま大崎」

 田島くんと別れ、家の戸を開けるとメイドの大崎がすぐに出迎えてくれた。

「あのー、お嬢様。確か今って雨が降ってますよね?」

「うん、降ってるね」

「あれ? お嬢様って傘持って行きましたっけ?」

「いや、持って行ってないよ」

「じゃあどうしてお嬢様は濡れていないのですか?」

「えーっと、それは...」

「それは...?」

「ヒ・ミ・ツ!」

「はい?」


 こうして私の初めてのデートは終わった。

 ...うん、とってもドキドキしたけどすっごく楽しかったな。

  あとは...私の気持ちが恋心だってことを改めて実感できた気がする。

 うん、やっぱりそうだ。この気持ちに間違いなんてない。



 --私は田島くんのことが大好きだ。